2009/12/30

アーノンクールのカンタータ再録音

アーノンクールのカンタータといえば、レオンハルトと共同で制作したあのTELDECのカンタータ大全集があまりにも有名ですが、最近になって、カンタータの新録音CDが発売されました。140番、61番、そして29番。そして、輸入盤にはなんと30年以上前の旧録音も収録。これは実に驚くべきこと。単なるおまけでもなく、最近の進歩や変化を見せつけるわけではない。旧録音にも新録音と同等の価値を見出しているというように思えるのです。

最近の研究や楽器の製造によって旧盤のやり方が改められた部分もあります。61番のピッチがワイマールのピッチと思われるものに変わっていたりしています。

140番は1980年代半ばの録音なのでそうでもないですが、29番や61番は1970年代半ばということで、さすがに古さを感じます。特に金管楽器の技術はこの間に飛躍的な進歩を遂げているといってもよいでしょう。

また、少年合唱ではなくアーノルド・シェーンベルク合唱団という大人の合唱団やプロの大人のソプラノ歌手を使うといったところも、1980年代後半以降のアーノンクールの傾向です。

テンポは全体に速くなっていますが、解釈の問題なのか、楽器奏者の技量が向上して速くできるようになったのかはわかりません。金管楽器についてはそういう面があるかもしれません。29番の第2曲(ロ短調ミサ曲の最終曲等に転用されたもの)のテンポがずいぶん速くなっているのには少々戸惑いました。

一方で、旧盤に捨てがたい魅力を感じる部分も少なからずあります。少年合唱やボーイソプラノの歌は、上手い下手を超越して心にしみいるものがあります。カウンターテナーのエスウッドやテノールのエクヴィルツに関していえば、さすがスペシャリストということで、これは明らかに新盤をも上回ると個人的には思います。そしてなんといっても、Vnソロ。現在はへーバルトですが、当時はアリス・アーノンクール。これは断然旧盤が好み。弦も最近のは人数が増えたせいかやや粗さが感じられますが、旧盤は見事です。通奏低音チェロについては、新盤でも「大全集」の後半をになっていた二人が登場ということで、一応聞きなれたサウンドではあるのですが、61番、29番については、旧盤はアーノンクール自身が弾いているということで、賛否はあるにせよ、捨てがたい魅力があります。うれしいのは、新旧共にオルガンがタヘツィであること。旧盤の冴えを30年以上たっても失わずに聞かせてくれたこと。

カンタータ大全集で育った世代ということで、どうしても旧盤ひいきになってしまうのかもしれませんし、単なる郷愁ともいえなくもないのかもしれませんが、30年前にしてすでにここまでできていたということには驚きを感じずにはいられません。

技量も含め、BCJのシリーズの様な優れたものが出てきていますが、それも、このカンタータ大全集の成果があったればこそ。あらためてこの全集をじっくり聞きなおすときが来ているのかもしれません。そういう意味でも、新旧録音が一緒になったということは、とても喜ばしいことだと思いました。

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2009/02/18

Rachelは少年だった?BCJカンタータ42巻

(ブリュッヘンのハイドン(2)をお待ちの方、金曜日のを聞いてから書くかどうか考えます)

さて、BCJカンタータ第42巻が発売されました。今回は、13番、16番、32番、72番という地味な曲目。しかし、味わい深い1巻です。オブリガートのVnとObがとてもいいです。もちろん通奏低音も。

そしてなんといってもこの間の注目は、元々キャロリン・サンプソンだったのが、おめでたでキャンセルということで代役に立ったソプラノのレイチェル・ニコルス。ロ短調ミサで第2ソプラノを歌って以来、しばしば登場していますが、どうしてもキャロリンの陰に隠れがち。ところが、このとき以来、主役の座を射止めると、とても輝き始めた。

そのときの本番の様子は、

「BCJ79回定演&カンタータ38巻」
http://bcj.way-nifty.com/kogaku/2008/02/bcj7938_ce1c.html

ちょうど1年前、2月11日です。

そのシリーズのCDがこの第42巻

まるで少年の無垢な声。天使の声ともいっていいかもしれません。

本番のときは目の前に成熟した女性そのものの本人がいますから、さすがに少年には見えないのですが、CDで声だけ聞くと、ボーイソプラノのように聞こえるのです。

ヴィブラートを抑えていることも、そう聞こえる理由なのでしょうか。特に、32番の冒頭アリアが三宮さんのオーボエとあわせてすばらしいです。

渋いですけどオススメの一枚です。

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2009/02/08

La Petite Bande存亡の危機。署名活動中

ベルギーの老舗古楽器オーケストラ、La Petite Bande(ラ・プティット・バンド)が存亡の危機を迎えているそうです。ベルギー政府(正式にはフランドル政府)からの助成金を打ち切られる方針とのこと。

現在、ホームページで「署名運動」中です。

http://www.savelapetitebande.com/

このURLを見ただけでも、事の深刻さがおわかりいただけると思います。

多くの古楽ファンが、La Petite Bandeの演奏で古楽に目覚め、そしていま、国内で活躍する多くの古楽器奏者も、このLa Petite Bandeで育ちました。寺神戸亮さんはコンサートマスター、鈴木秀美さんはチェロのトップ奏者でした。赤津眞言さんは現役メンバー。若松夏美さん、戸田薫さん、秋葉美佳さん、その他数え上げればきりがないほどの方々が、La Petite Bandeで活躍しました。さらに、現在日本在住の海外出身古楽器奏者の中にも出身者がいます。いま、私たちがこうして古楽を楽しめるのも、すべてLa Petite Bande及び創立者であるクイケン兄弟たちのおかげです。

La Petite Bandeは、我が国ともとても縁が深い団体です。一時はメンバーのかなりを日本人が占めていたこともあります。いまでも、そうです。そして、最近彼らの間ではやっているヴィオロンチェロ・ダ・スパッラも実は日本製です。La Petite Bandeは、日本とベルギーとの文化交流の架け橋であり、両国にとっての共有財産のようなものです。

何とかこの団体をもうしばらく存続できないものでしょうか。

是非、上記のURLにアクセスし、よろしければ署名をしてみてください。

メンバーの赤津眞言さんによれば、2/15頃、署名を当局に届ける段取りのようですので、それまでにお願いします。

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2009/02/07

嗚呼、私のフレスコバルディはどこへいった・・・

思えば、2000年5月17日。あの時以来の感動。鈴木美登里のフレスコバルディ。あの時は、アントネッロという史上最強初期バロック軍団(私にとっては)をバックに。あれから9年。時代は21世紀へと変わった。その間、フレスコバルディもずいぶんメジャーになった。もうマニアックな世界ではなくなってしまった。

密かに「びっくりばこんさーと」の再来を期待していた。だれに知られることもなく、ひっそり2~30人のガラガラの会場で、最高の音楽を独占する喜び、自らをマニアックだと実感できるひととき。しかし、期待は見事に裏切られた。なんと100人を超す聴衆が、鈴木美登里のフレスコバルディにはせ参じて集結してしまったのだ。ほぼ満員。ブリュッヘンの「天地創造」という超強力裏番組があるのにもかかわらず。こんなにフレスコバルディはメジャーな作曲家だったのか。確かに、当時はそうだった。D.ガブリエリあたりとは格が違う。しかし、今では知る人などほとんどいない、まさに秘境ならぬ秘曲のはずだった。しかし、9年という時がメジャーな人気作曲家の仲間入りをさせてしまったのだ。そして、鈴木美登里の集客力、弟子たちの団結心の強さ。これは、ちゃらんぽらんな器楽奏者たちには想像ができない。「びっくりばこんさーと」の時は、全く宣伝せずにどれだけ集まるか試したものの、結果は当然のことながら散々。チケットもチラシもプログラム解説もなし。代わりにアンコール曲くじ引きなど、思いつき、面白さ重視。しかし、今回は、チケットもチラシも、立派な解説、歌詞対訳までついている。そのこと自体もものすごく衝撃的。やはり美登里さんが入ると、そう遊び心一杯というわけにはいかないといおうか、コンサートがかなりまともにビシッとなる。

演奏曲目も、フレスコバルディの代表作を集めた有名曲中心。もはや「マニアック」とは呼べなくなってしまった。

それでもすばらしい音楽、すばらしい演奏。感動の嵐。美登里さんの歌はもちろん、上尾さんのミーントーンイタリアンチェンバロも炸裂。そしてなんといってもこの日はお遊び封印の鈴木秀美さんの通奏低音&カンツォン。「そよ風吹けば」は何度聞いても涙が出る。また、マリアものがいい。

私は、勝手に、美登里さんはフレスコバルディが得意であると決め付けている。しかし、フレスコバルディだけのコンサートを2度も経験しているのだし、CDもあるし、演奏を聞けば誰でもそうわかるはず。

今後、しばらく、一人の作曲家にスポットを当てたコンサートを企画するような感じ。その第一弾がフレスコバルディ。フレスコバルディは、声楽曲、鍵盤曲、器楽合奏曲など、小編成でも色々なジャンルがあるので、それだけでも結構バランスのいい多様な面白さを味わえる。モンテヴェルディだと、声楽曲だけで、器楽曲はチーマとかカステッロとか他の作曲家の作品にならざるを得ないケースが多いかと。

マニアックじゃなくなっているのは寂しい。でもそれでいいのだ。いつもびっくりばこんさーとのような入りでも困る。と、思い直す。

帰宅して、久々に2000年5月録音のフレスコバルディを聞こうと思ってCDを探すも、全然見つからない。私のフレスコバルディはどこへいった・・・。

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2008/05/16

新生OLC

浜離宮朝日ホールのレジデントオケの地位を返上したオーケストラ・リベラ・クラシカ。その最初の自主公演が、昨日、浜離宮朝日ホールで行われました。曲目は、ハイドンの交響曲第1番、51番他。

今までとは違って、ホルン2本、オーボエ2本、ファゴット1本それに弦というこじんまりとした編成。海外からのメンバーも、ホルン1名とオーボエ1名のみ。曲目も地味。一抹の寂しさを感じました。

しか~し!!、小編成ということもあってか、なんと、鈴木秀美さんが自らチェロを弾きながら指揮。やはり全体のバランスとか音色とか、アンサンブルの安定感が全然違いますね。そしてそれぞれのパートも生き生きと自然に。

そして、最初の音が鳴った途端に、「ああ、自分が求めていたのは実はこういう音楽だったんだ」とつくづく感じました。なんだかほっとするといおうか。

新生OLC、大曲はしばらく聞けないけど、逆に親密な音楽を聴くことができて、とてもうれしい。次回はバロック。Vivaldi。果たしてどんな演奏を聞かせてくれるか。

さて、演奏には関係ありませんが、終演後、あずみ師匠にお会いした時に、彼女が首につけていたアクセサリーが、なんと、バロックヴァイオリンのコマの形をしていました。それも本物にかなり忠実に。当然、既製品ではこういうのはまずありえませんので、きっと特注なんでしょうね。

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2008/04/20

ピリオド奏法について考える(8)スコダの著作に学ぶ

「ノンヴィブラート」ばかりの薄っぺらい「ピリオド奏法」議論をしている演奏家、音楽ファンたちに是非おススメしたい本があります。

パウル・バドゥーラ=スコダ著

「バッハ 演奏法と解釈 ピアニストのためのバッハ」

今井顕監訳、松村洋一郎、堀朋平訳 全音楽譜出版社

ピアニストが現代ピアノを使ってバッハを演奏する際の手引きであり、ピアノにおけるいわゆるピリオド奏法についてのかなり詳細な解説書です。帯には「もっと自由な、バッハへ。規則や常識、多くの狭量な思い込みから解き放たれ、バッハの本質に迫る待望の一冊」とあります。

ピリオド奏法といえば、規則にがんじがらめ、「やってはいけない」ことや「やらなければならない」ことだらけで演奏が不自由になる、とおもっている方も少なからずいらっしゃるとは思います。19世紀終りから20世紀前半の巨匠たちが好き勝手に演奏していた時代の反動で、今度は非常に禁欲的で教条的で生き生きしていないバッハ演奏が主流になる。しかし、古楽器の演奏というのは、20世紀前半の伝統(例えば、すべての音は均等均質に)から解放されて、当時の文献が教えてくれる様々な可能性を演奏に生かすという面があります。

この本で書かれていることでいくつか気になる点を挙げれば

・現代ピアノで弾いてもよいし、ペダルを使うこともかまわない

・楽器云々より、当時の演奏習慣、演奏様式の方が大事

・とはいえ、本に書かれている当時の演奏習慣、様式というのがかなりバラバラで、様々な解釈の余地を残している

といったところでしょうか。いずれも「わが意を得たり」といったところです。

特に注目していただきたいのが、「第4章 バッハのアーティキュレーション」です。ここが従来の現代楽器の演奏と古楽器またはピリオド奏法の一番大きな違いだと思います。

本を読んでいると、随所に著者のぼやきが出てきます。例えば、国際コンクールでバッハを弾くような人でも、サラバンドが舞曲であることすら知らない。。とか、和声的に見て明らかにおかしな装飾音の弾き方をするとか。1985年ころですらそんな状況だったようです。

バッハといえば、ポリフォニー、対位法というイメージが強く、和声に関してはあまり注目されないようですが、カンタータのコラール編曲を聴いただけでも、バッハほど様々な和音を駆使した作曲家はいないのではないか、と思えるほどですし、「通奏低音」の存在を考えれば、和声というのはバロック時代においても非常に重要であり、もっと注目すべきなのですが。有名な平均律クラヴィーア第1巻第1番のプレリュードとか無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードなどは、分散和音だけで曲を作っていますが、和声の変化だけで感動。

ピリオド奏法についてあまりなじみがない方にとっては、まさに「目からうろこ」の連続かと思います。8000円近くの大変高い本ですが、興味のある方には是非おススメします。

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2008/02/17

BCJ79回定演&カンタータ38巻

2月11日にBCJ第79回定演がありました。

あいにく熱を出してしまい、やっとの思いで聴いていたのですが、それでもやはりバッハもBCJもすばらしい。

さて、まずは、レイチャル・ニコルズさんについて語らずにはいられません。当初、キャロリン・サンプソンが予定されていたのですが、長距離の空路移動を避ける必要があるとの医師の指示により来日できなくなったとのことで、急遽代役として抜擢。彼女は、いつもロ短調ミサのキャロリンの下で第2ソプラノを歌っていたので、BCJファンにとってはおなじみではありますが、今までどうしてもキャロリンの陰に隠れて「2番手」という印象が強かったです。それと、あの大胆な服装。とてもひやひやもの。正直、ちょっとがっかりだったのですが、いざ彼女が歌い始めると、そんな思いはどこかに吹っ飛んでしまいました。こんなにすばらしいソプラノだったのか、と。確かにテクニック的には時々不安定かなと思われるところもなきにしもではありますが、とにかく声は美しくよく通るし、表現力もいままでBCJで歌ってきた歌手と比べて全くそん色ないどころか、ひときわ輝いてすら見える。この日で最も輝いていたといってもよいのでは。

ただそれだけに、キャロリンのすばらしさも改めて感じた次第。3月上旬にも他団体のヨハネで来日の予定があったようですが、そちらの方はどうなるのでしょう?回復を祈りたいと思います。

演奏で印象に残ったのは、72番の冒頭合唱。最近、ソロカンタータとか、あまり手の込んだ合唱がなかったので、久々に充実した合唱を聞かせてもらい、改めてその実力に感じ入りました。BWV235のGloriaに転用された曲でもあります。他にもあったのですが、熱で朦朧としていたこともあり、こんなところで。

さて、会場でカンタータ第38巻が売られていました。アルトを除くソロカンタータと対話曲。52,82,55,58番という組み合わせ。この中ではなんといってもペーター・コーイの82番が注目。三宮さんのオーボエも味わい深く素敵です。そして冒頭曲の通奏低音の和音の弾き方が何ともいえず。。。。そしてCDの最後を飾るソプラノコラール&バスアリアの対話曲。キャロリンのコラールの下でペーターの超絶メリスマが。。。あのアーノンクールのカンタータ大全集では、このバスのメリスマの音程が取れてないのか低い声があまり出てないのか、何歌っているんだかさっぱりわからないといったような惨憺たるものだったのですが、さすがペーター。やっとどういう曲なのかがわかった次第。同じパターンの80番の第2曲もそうですが、これはバス泣かせですね。他にも前田リリ子さんのなまめかしいフルートソロとか、器楽も歌も聴きどころ満載。52番の冒頭シンフォニアはおなじみブランデンブルク協奏曲第1番の第1楽章と同じ曲ですが、かなり繊細といおうか、こまかいニュアンスつけて弾いていますね。6月にはさいたま、川崎でブランデンブルク協奏曲全曲の再演がありますが、果たしてどんな演奏をしてくれるか。楽しみです。

次は受難節マタイ。いつもと違う歌手陣でどんな演奏を聞かせてくれるのか。

その前に、ゲルトが別団体で来日してヨハネのエヴァンゲリストを。BCJ以外ではどんな演奏を聞かせてくれるのか。これも楽しみ。

ジャンルは違いますが、21日にはOLCもあります。モーツァルトのクラリネット協奏曲とジュピターという超有名豪華プログラム。これは絶対にはずせない!

まだまだ古楽から耳が離せない初春です。

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2008/01/20

ピリオド奏法について考える(6)~日本における受容

わが国において、いわゆるピリオド奏法というのはいつごろからどのように発展してきたのか、古楽業界にどっぷり使ってきた私ですらよくわかりませんが、著名音楽大学において普通のヴァイオリン科の学生がバロックボウで弾き始めたのは、恐らく1999年春頃、今井信子さんが桐朋の学生にバロックボウを持たせ、カザルスホールで演奏した頃ではないかと思います。この頃の学生さんたちが、昨年、そして先日のトッパンホールでの鈴木秀美オケのメンバーにもなっています。

その前、サイトウキネンオーケストラがバロックボウを大量に買い込んだという情報が流れました。1997年のマタイ受難曲の頃ではなかったかと思います。我が国における「ピリオド奏法」のスタートまたは音楽業界における認知は、まさにこの頃と考えてよいのではないかと思います。このときには、古楽器で活躍していた人達にも協力の要請があったようです。ただし、古楽器弦奏者とモダンオケの共演そのものはその前からあって、有名なところではテレビにも流れたN響のヨハネ受難曲で、若松夏美、高田あずみ両氏が、ヴィオラ・ダ・モーレで出演しています。

この時のサイトウ・キネン・オケが厳密な意味で「ピリオド奏法」といえるかどうかは異論もあるかと思いますが、とにかく、わが国においてバロックボウというものが認知され、使われ、ノン・ヴィブラート奏法が始まったことには違いありません。その後、サイトウ・キネン・オケのメンバーを中心に、バロック音楽をバロックボウとモダン楽器で演奏するということがそんなに特別なことではなく、異端視する向きも減ってきたように思えます。

ヨーロッパでは、1980年代前半から著名なオーケストラがバロックボウは使わずにモダン楽器でピリオド奏法をやってきていますが、これに遅れること15年以上。ようやくスタートラインに。その後、在京オケでも古楽器の世界の指揮者を呼んでピリオド奏法で演奏するところが増えてきました。

さて、我が国における古楽器演奏の歴史は1960年代までさかのぼります。そして70年代前半から後半にかけて、70年代初めに留学した方々が続々と帰国されて、第1次黄金時代を築く。そして80年代半ば、85年のバッハ、ヘンデル生誕300年に前後して、現在、我が国の古楽界を支えている世代(OLCやBCJの主力メンバー)が留学から帰国し、90年頃のバブルの恩恵もあって、第2次黄金時代を迎えます。このころ、有田正宏さんの東京バッハモーツァルトオーケストラ、そしてバッハ・コレギウム・ジャパンが誕生します。そしてCDも発売、少なくとも音楽愛好家の間では古楽器演奏というものがかなり認知されてきた時代です。しかしながら、90年頃までは、音楽大学では表立って古楽器を勉強しているとはいえない風潮がまだまだ残っていたようです。実際には、1980年頃にはそれなりに興味を持っている学生はいたようです。しかし、まだそれを許す環境にはなかったようにも思えます。当時の音大生から時々そういう話を聞きました。

80年代に古楽器に転向した人達の中には、モダン楽器での著名なコンクールで優勝または上位入賞された方もいらっしゃいます。あの鈴木秀美さんも、日本音楽コンクールで優勝、寺神戸亮さんは3位で在京オケのコンマスも務める。高田あずみさんはジュネーブ国際音楽コンクール最高位。現在では日本音楽コンクール審査員にまでなっています。楽器ではありませんが、BCJでおなじみの浦野智行さんも何度か上位入賞を果たしています。また、管楽器の世界では、オーケストラの首席奏者クラスが古楽器と二束のわらじを履いていて、高い評価を受けています。弦楽器でも、都響、読響、N響、新日本フィルなどのメンバーが二束のわらじをはくことが徐々に増えてきました。そんなこともあって、恐らく、モダン界の人々も古楽器奏者たちに対しそれなりに一目置いていたのではないかとも思えます。音大でもバロックヴァイオリンを在学中から学ぶ人が増え、古楽科も出来ました。恐らく大学では昔ほど異端視されなくても済むようにようやくなってきたのかと思います。

にもかかわらず、ピリオド奏法が取り入れられたのは1997年頃。なぜこんなにも時間がかかったのでしょうか?

そして、アマオケでは、ほとんどピリオド奏法というのは取り入れられていない。一部、古い音楽をやるところでは見られるものの、極めてレアケース。だいぶ認知されてきたとはいえ、多くの人はそういう世界があることすら知らない様子。そして指揮者、指導者にもまだまだ知られていないのではないかとも思えます。私が学生の頃の風当たりはかなり強かったように記憶しています。ピリオド奏法は、技術的には決してやさしくはありません。コンクール上位入賞などといった輝かしい実績を持つ方ですら、そんなに簡単には出来ない。それに、技術面だけでなく、様々な知識も必要になります。そういうアマチュアにとっては非常にハードルが高いことも、アマオケでピリオド奏法があまり認知されない原因なのかもしれません。そんなことで、まだまだ私がやりたいようにできるアマオケは滅多にない。いまだにモダン楽器のアマチュアの人と関わるのが恐ろしいです。

ピリオド奏法のオケが増えたほうがいいのか、ピリオド楽器で演奏する人が増えた方がよいのかは一概にはいえませんが、このブログをお読みの皆様は、モダン楽器ピリオド奏法の演奏が増えることについてどう思われますでしょうか?

「考える」といいながら何も考えずに、過去の思い出に浸るばかりの今回の「ピリオド奏法を考える」でした。

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2008/01/15

ピリオド奏法について考える(5)~楽譜

毎年新年にしかやらないこのいい加減な連載ですが、今年も新年になったのと、いわゆるピリオド奏法によるモダンオケでのコンサートを聴いたので改めて書いてみようと思います。

「ピリオド奏法」を実践する指揮者がどのような楽譜を使っているか。実はよく知りません。ただ、ピリオド楽器で演奏する方の中には、いわゆる原典版の楽譜ではなく、直接自筆譜などの資料に当たって研究し、その成果を基に独自の楽譜を作って演奏している方もいます。例えば、鈴木雅明さんなどもそうです。

我々は、バッハといえば新バッハ全集、モーツァルトといえば新モーツァルト全集(いずれもベーレンライター)の楽譜をつい権威のあるものとして、あたかもオリジナルに忠実であるがごとく考えて使ってしまいがちです。ところが、実際に使っている人の話を聞くと、そもそも自筆譜そのものがいい加減な書き方をしていてどうとも読めるため、それを校訂者が「解釈」しているケースや、複数の資料の寄せ集めで楽譜を作るようなケースも見られるなど、必ずしもそのまま使えるわけではないようです。

私も実際にバッハやモーツァルトの自筆譜と原典版を比較してみることがありますが、例えば、アーティキュレーションスラーのつけ方などは、自筆譜はいったいどこからどこまでスラーがついているのかよくわからず、それを校訂者がたぶんこうだろうということで解釈してつけています。しかし、正直演奏する立場からはどうも納得がいかないケースもあります。楔なのか点なのかというのももめるところです。自筆筆でも両者をそれほど厳密に使い分けられているとも限らないですし、単にインクがにじんでしまっているような場合もあります。また、自筆譜で同じテーマでスラーのつけ方が違っていたりついていたりついていなかったり、というところにも解釈が入っている場合があります。

結局、原典版を全面的に鵜呑みにすることも出来ないし、自筆譜だけですべてが事足りるわけでもない。自筆譜等を見ながら演奏者自身が当時の演奏習慣なども踏まえて、どのように解釈するかということに依存せざるをえない。ということになるのではないかと思います。

大事なことは、原典版とて完璧に演奏家の意図を再現しているわけではなく、限界があるのだということと、その原典版の校訂方針なり校訂記録をきちっと理解したうえで使うということだと思います。新バッハ全集にしても新モーツァルト全集にしても校訂記録が出版されているので、それを見るのが良いのではと思っていますが、シロウトにはなかなか難しいですね。

これからも、BCJのコンサートなどで指揮者用譜面台の上に原典版の楽譜を見かけることがあるかもしれませんが、それをそのまま使っているのではないと思っていただいてよいかと思います。

さて、ピリオド楽器を使わない「ピリオド奏法」を標榜する指揮者の方々は、どのような楽譜を使っているか気になるところです。どなたかご存じないですか?

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2007/10/22

OLC第19回定演終わる

鈴木秀美指揮オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)第19回定期演奏会が無事終わりました。

今回は滅多に演奏されないボッケリーニのチェロ協奏曲が目玉。そしてMozartの34番やハイドンの「熊」。ボッケリーニは正直よくわからない曲。めまぐるしく場面が変わって、常に期待を裏切る展開。ボッケリーニは古典派ではなくあくまでボッケリーニだ、とおっしゃる方がいらっしゃいますが、まさにその通りの曲でした。当然のことながら鈴木秀美さんの弾き振りだったわけですが、Tuttiのところも弾いていました。やはり、一人入るだけでオケのキャラクターが全く変わってしまう。これはどうしようもない事実です。そして怒涛のソロ。まさに圧巻としかいいようがありません。Mozartも立派な演奏でしたが、この怒涛の演奏の前には・・・。

後半は、「熊」。オーケストラの人数も以前より多く、しかも、世界的に著名なピリオド楽器奏者がVnやチェロにゲストとして加わっていることもあり、とても充実した響き。それでいてもちろん明晰さは失われていません。有名なドローンのところは、いかにもピリオド楽器らしい演奏。

アンコールには、なんと秀美さんがハイドンのチェロ協奏曲の第2楽章を演奏。「お口直しに」と冗談を言っていましたが、まさにそういう感じ。天国に昇る気分にさせてくれました。

結成して以来19回目の定期演奏会なわけですが、やはり当初と比べるとかなり進化しているような気がします。ようやくこの団体の目指している方向性が聴衆にもはっきりと見えてくるようになってきたともいえましょう。まさにこれからが楽しみという状況にあるのでは。

さて、会場では、前回の定期演奏会のCDと「古楽器よさらば」の改訂増補版が販売されていました。私はミーハーにも「古楽器よさらば」を買ってサインしてもらいました。もちろんCDも買いましたが。

演奏には十分満足した。その一方で、1ヶ月前に同じ場所で演奏した自分たちのことを思い返すと、そのレベルの違いに愕然として落ち込みます。天下のOLCを相手にシロウトが落ち込むというのもおかしな話ではありますが。やはり、ピリオド楽器オケの音色はこうでなければ。こういう音色や表現が好きでピリオド楽器をやっているのに、自分ではその百分の一も出来ていない。こんなすごいことをいとも簡単に当たり前にやってしまう。プロの底力をまざまざと感じました。心から尊敬します。

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