2012/09/17

BCJカンタータ99

今日は、東京オペラシティにBCJ第99回定期演奏会。もちろん、バッハのカンタータ。

前半は197+197a。たぶん、最初は197aはやるつもりなかったのではと推察されるのですが、せっかくレコーディングするのだからぜひ本番でも、ということになったのでは。コンサートの終了時刻も、通常なら17:00ころなのが15分ほどオーバーでした。

それはともかく、2月以来久々の教会カンタータ。やっぱりいいなぁ~。暖かい古楽器の音色。繊細な表現。これがまさに日本のバッハ。特にチェロの通奏低音とフルートが何とも言えない。

残念ながら、この響きをヨーロッパ遠征では聞かせることができなかった。というのも、遠征メンバーを見ると、オケの主力メンバーが参加しておらず、いわば現地調達組(とはいっても日本人が多いのですが)で占められていたこと。とりわけ、BCJのオケの命ともいうべき鈴木秀美さんの不参加というのは、個人的にはとても残念。やはりこの通奏低音あってのBCJ。色々大人の事情はあるのでしょうけど、ファンとしてはぜひヨーロッパの人たちに聞いてほしかったです。一方で、寺神戸さんを中心としたヨーロッパ遠征メンバーの演奏を国内で聞けないというのもこれも残念。オケに関して言えば、BCJと名のつく団体が実際には二つあるようなもので、しかもその性格はずいぶん違うのでしょう。時々、ツアーの様子がYouTubeとかで見られるので、それをみるとなんとなくわかります。

いよいよカンタータ全曲演奏会もあと1回。アーノンクール、レオンハルトのカンタータ大全集が終わりを迎えてから約25年。再びあの時と同じ想いがめぐります。今日の解説を読むと、鈴木雅明さんがカンタータをやるきっかけになったのも、このTeldecの全集だそうです。まさか日本で古楽器によるバッハのカンタータ全曲演奏会が聞けるとは思ってもいませんでしたし、もう一組全集を買うことになるとは思ってもいませんでした。最終回は2月24日(東京)、定期演奏会第100回でもあります。心してその日を待とうと思います。

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2012/08/30

9/1(土)ヨハネ受難曲を演奏します

ああ、ついにブログのヨハネ受難曲シリーズが終わらぬうちに本番がきてしまった・・・。

3月のマタイ受難曲に続き、9/​1に今度はヨハネ受難曲を演奏します。

J.S.Bach「ヨハネ受難曲」BWV245
2012年9月1日(土) 14時開演 彩の国さいたま芸術劇場​音楽ホール

指揮:小田透、Evangelist 鏡 貴之、Jesus 浦野智行
ソプラノ 高橋節子、アルト 山下牧子、バス 宇野徹哉
ヴィオラ・ダ・ガンバ なかやまはるみ
管弦楽 マーキュリーバッハアカデミー
合唱 ソニー・フィルハーモニック合唱団(合唱指揮 江端員好)

全席自由1,500円

お問い合わせ 090-9952-1796(山本)
       090-3536-1888(有井)

ソリストだけはBCJ級、私の気分もBCJなりきり!もちろん、​2nd Vnです。

ブログに書かれていることと、実際の演奏は大きく異なることが予想されますが、どうかお気になさらぬよう。このブログはあくまで個人的なひとりごとですので・・・。

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2012/07/22

BCJ結婚カンタータ(7/20)

まもなく教会カンタータ全曲シリーズが完了する(東京では何と100回定期で完了!)ということかどうかわかりませんが、ここのところ、世俗カンタータをよく演奏しているBCJ。今回は、結婚カンタータシリーズということで、結婚式にちなんだ曲ばかり集めました。BWV173a、202,36c。そして断片しか残っていないクォドリベット BWV 524。173aと36cはその番号からもわかるとおり、教会カンタータの原曲です(173番はカンタータ全集20巻、36番は47巻に収録)。

歌手は、前回の狩のカンタータと同じ組み合わせ。ジョアン・ラン(ソプラノ) 青木洋也(アルト)、櫻田 亮(テノール) ロデリック・ウィリアムズ(バス)。実に陽気な人達です。客席にいても舞台裏で盛り上がっているのが聞こえてきます。その性格がよく現れていたのがクォドリベット。バッハの真作かどうかはともかく、とにかくおかしな曲をおかしく演奏し、おかしく演技していました。

さて、そんな彼女ですが、BWV202となるととても上品な新婦になってしまうのです!教会カンタータシリーズのハナ・ブラシコヴァが可憐な花ならば、ジョアン・ランはどんな花にたとえたらよいでしょう?バラとも違いますし・・。大人の歌ですね。

BWV173aは、ソロの声部が一部変わっている他は、レチタティーヴォを含めてほとんど教会カンタータと一緒。歌詞もところどころ一緒。これでよく注文主から文句いわれなかったな、、、と思ってしまいます。

BWV36cも似たり寄ったり。ただ、「愛のヴィオール」ヴィオラ・ダ・モーレ、オーボエ・ダ・モーレが使われているところなんぞは、いかにも結婚式。さらに、カンタータではチェロのオブリガートだったのが、何とファゴットとチェロがユニゾンでやっている。これはとても珍しい!この曲は、一度教会カンタータに使われたあとで、再び別の機会の世俗カンタータになったという珍しいパターン。世俗→教会への転用はあっても教会→世俗はないなどと説明されることもありますが、この曲に関しては教会カンタータに使われたあとに世俗カンタータになっている。教会カンタータにする時にあまり手を入れていないというのもあるかもしれませんが、教会カンタータに使ったものを世俗カンタータにはしないというのは主義というより、機会があるかないかの問題なのではと思ってしまいます。

それにしても、世俗カンタータでも実に格調高い演奏でした。世俗と教会で解釈や演奏法を使い分けるべきなのかどうかはわかりませんが、36cは演奏自体も教会カンタータの雰囲気のように感じました。しかし、ここ数年で、オケのサウンド、響きの充実度、落ち着き度、そして表現力が急激に増してきたような気がするのですが、気のせいでしょうか?実に堂々としたものです。100回以降は、以前取り上げたカンタータを再び取り上げると思いますが、おそろく全曲演奏会で取り上げた時とは全く違うものになっていくんだろうな、という期待感があります。やはり20年以上の年月は重い!CDにもなっているマタイで少年少女合唱団で歌っていた少女が、いまや「ブラタモリアナ」「夜7時ニュースの顔」になっている。これは大変なこと。

さて、実は、再び悪癖がでまして、鈴木秀美さんの通奏低音ばかり聴いている時間も結構長かった。久々に通奏低音を堪能させてもらいました。

次は9月。あと2回です。20年以上の思い出をかみしめながら、前向きに聞きたいと思います。

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2012/06/24

OLCのメンデルスゾーン

オーケストラ・リベラ・クラシカが、ベートーヴェン「英雄」からいきなりメンデルスゾーンまで飛んでしまった。1820年ころ、12~13才位の時期の作品である、弦楽シンフォニアの中から6曲が演奏された。1820年ころといえば、ベートーヴェンの交響曲第8番が作曲されてからすでに6年ほどたっている。そのくらい「新しい」曲。今年は、BCJもメンデルスゾーンを演奏するらしいし、どんどん18世紀から離れていく寂しさを感じているが、実際にこの曲を聴いていると、そんな寂しさは遠くに吹き飛んでしまう。

たった12年の人生で、18世紀のすべての様式を身につけてしまい、それを19世紀の新しい感覚で再構成したような作品、としかいいようがない。バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、さらにフランスの作曲家たち、そして19世紀の扉を開いたベートーヴェン・・・。と、いろいろな作曲家の様式や音が聞こえてくる。なかでも、C.Ph.E.Bachの影響は非常に大きい。C.Ph.E.Bachは「大バッハの息子」扱いをされることが多いが、古典派からメンデルスゾーンの時代の作曲家にとっては、父に引けを取らないかそれ以上の影響を与えた重要な存在であるということを改めて認識させられた。驚いたのは、なんと100年以上前に流行ったフランス序曲の様式まで取り入れていること。CDもない時代、実際にはもう演奏されなくなったであろうそんな昔の様式をどうやって身に着けたのか実に不思議である。実際の演奏を聴くことではなく、楽譜から身につけたのであろうか???

そんなこの曲集を演奏するためには、演奏家の側にも18世紀の様式についての理解が必要になるであろうことは疑う余地がない(といいきってもよい)。この日の演奏を聴いていると、さまざまな様式、そして先人たちの有名な作品が聞こえてくる。しかし、仕上げが違う。

古楽器の弦楽器の響きの美しさというのは当然あるのであるが、それだけではなく、18世紀の音楽の持つ「よい趣味」があり、単なる美しさを超えて、そこに人間ドラマがあったり、と盛りだくさんなのである。ロマン派的な美しさだけでは到底説明できない価値がそこにはあるのである。不協和音の醜さ、ガット弦の雑音、そんなものもすべて音楽なのである。

対位法の処理もさすがである。単なる4つの旋律線ではなく、4つの線が作り出す「響き」を聞かせてくれるのがうれしい。

とにかく、18世紀族にとっては楽しめる作品群であり、OLCの良さが存分に生かされるプログラムなのである。

そういえば、久々に森田芳子さんヴィオラの音を聞いたが、海外に演奏拠点を移す前とはかなり感じが変わったような気がして、とても印象深かった。きっと素晴らしい音楽活動をしていらっしゃるのだろう。

楽しい演奏会だった。。。

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2011/05/02

AH、生まれて初めてベートーヴェンに挑戦

驚くべきことに、私にとって生まれて初めてのベートーヴェンの本番です。

当初、4月3日に予定されていたのですが、震災の影響で延期。単純に延期とはいっても、メンバーの交代等いろいろあって苦労も多かったのですが、音楽的にはより完成度の高いものになりそうです。

「皇帝ヨゼフ2世の死を悼むカンタータ」は、現在入手可能なCDが一種類しかないという大変珍しい曲。日本でかつて演奏されたことがあるのかどうかわかりません。若いころの作品だけに、疾風怒濤時代の名残を残し、驚くような場面が次々と出てきます。震災の直後は、あの大津波のテレビ映像などを思い出して、正直演奏するのがつらくなるような描写もあります。でも、名君が現れて、そういった災難から国を救うといった内容の曲です。現実はなかなか厳しいですが、復興への願いを込めて演奏できればと思います。

ミサハ長調は、作曲されたと叔父にはその価値が認められず御蔵入りしてしまったようですが、今日では比較的演奏される機会も多く、CDもそこそこ出ています。ただ、日本で古楽器での演奏がプロアマ含めて今まであったかどうか・・・。

個人的には、果たして19世紀に踏み込むべきかどうかさんざん迷った挙句、決意して臨む本番です。ハイドンやモーツァルトとも違う曲の作り方には最初かなり苦戦しましたし、どこまで弾き方を変えなければならないか、楽器・弓をどういうのにしようかなど迷う点も少なからずありました。でも弾いているうちに、楽器がその答えを用意してくれたような気がします。なぜ、楽器が時代とともに変化していったのかが体感できました。

「今頃言われても・・・」ではありますが、チケットは豊富に取り揃えておりますので、当日でももし気が向いたらお越しください。

日 時 2011年5月4日(水・祝) 午後2時開演(午後1時30分開場)
場 所 浜離宮朝日ホール
テーマ ベートーヴェン-古典派の成熟-
曲 目 L.v.ベートーヴェン/ミサ曲ハ長調 作品86
L.v.ベートーヴェン/皇帝ヨゼフ2世の死を悼むカンタータ
出 演

ソリスト:本宮廉子(ソプラノ)、北條加奈(アルト)、坂口寿一(テノール)、春日保人(バス)
ゲスト・コンサートマスター:石川和彦
指揮:坂本 徹
合唱:東京クラシカル・シンガーズ
オーケストラ・オン・ピリオド(ピリオド楽器使用)

入場料 前売2,000円 当日2,500円
全席自由
ピッチ 430

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2011/02/28

ピリオド奏法の呪縛

いま、ブリュッヘンのロ短調ミサ新盤を聞きながら書いています。

これって、ライブ録音なんですね。聴いていると、ライブらしく傷もなきにしもあらずですが、その方がかえって比較できてよいかと。

ホルンは、トランペットのようなホルンではなく、古楽オケで一般に行われているようなホルンでした。その後、何か最新の研究の成果でもあったのでしょうか?

うかつにも、いままでこのCDを聞いたことがなかったのですが、想像していたのとそんなに変わらなかった。「18世紀オケだったら・・・」というのとそんなにかけ離れていませんでした。往年のメンバーが去ったフルートとオーボエを除いては。旧盤との比較で、古楽器らしいくせがなくなったみたいなことを書いている評論もありますが、本質的な古楽器らしさは何一つ失われていない。このオケメンバーのうちの何人かはBCJにも客演していたり、以前に聞いていたりしているということもあるのですが。山縣さんや森田芳子さんもいますし。

ということで、26日の演奏と改めて比較しても、実際に聞いたときの印象とほとんど変わらなかった。

まず、Cum Sancto Spiritu。特にフーガ合唱に入ったあと。フーガのテーマの歌い方(特にgloria)が器楽と合っていなくておかしいと思ったのですが、CDを聞くと、器楽がやっているように歌っていました(古楽器の演奏ではごく普通の解釈ですが)。

Credoの冒頭、通奏低音は一見漫然と刻んでいるように聞こえますが、さすがに細かいことやっていて雄弁です。次の合唱のティンパニもまたしかり。さすがマルテン。

Confiteorのような曲をどう歌わせればよいのか、私のような歌のシロウトにはよくわかりませんが、各パートが能動的に歌ってないと訳わからなくなってしまうのでしょうね。と改めて納得。

Ossanaはやはり3拍子がしっかり出ている。

やはり、古楽器演奏の常識はすべて踏まえた演奏になっている(当たり前ですが)。

そしてなにより、楽器をたっぷり鳴らしていて、一つひとつの音に勢いがある。リズムやビートも明確。だから生き生きしている。ある意味とても自由闊達な演奏。楽器の音色の魅力もありますが、私にとっては、何よりこの生き生き感が古楽器演奏の魅力です。

さて、世の中で言うところの「ピリオド奏法」というのは、例えば弦楽器で言えば張りの弱いバロックボウを使って楽器を鳴らしきれず、また、大きな音が出ないように抑制する。細かいことにこだわるあまり、小ぢんまりとした演奏になってしまう。古楽器ならごく自然にできることをモダン楽器でやろうとすると、色々なところに無理が生じる。ベテランの古楽器奏者であれば何も考えなくてもごく自然にやっていることが、あらかじめ細かいことまで考えてこうと決めておかないとできない。だから音楽に余裕がない。そして、古楽器奏者はその背景まで理解して演奏するが、「ピリオド奏法」はそこまでいっているのか。例えば、バッハにおいて、各楽器の果たすべき役割を理解しているか。特にトランペットのような象徴的な楽器においては。歌詞にどのように合わせて弾けばよいか・・・。楽譜の読み方がずいぶん違う。

古楽器の演奏と「ピリオド奏法」の違いは、特に宗教音楽のような場合には、より明確になるような気がします。

「ピリオド奏法」自体が目的になってしまい、その先にある音楽にまで辿り着かないと、「ピリオド奏法」の呪縛にとらわれてしまうことになりかねません。「ピリオド奏法」をバロック時代の演奏規則にがんじがらめにされるというイメージで演奏するか、それとも、生き生きとした表現を手に入れるための多彩な表現手法ととらえるかでずいぶん違ってくると思います。もちろん、後者であるべきですが、そのためには、「ピリオド奏法」のテクニカルな習得と共に、その背後にあるものも理解する必要があると思います。「ピリオド奏法」であることを意識せずに余裕をもって自由に表現することができれば、その時こそ本当の意味での「ピリオド奏法」といえるのではないでしょうか。

今回のベートーヴェンもそうですが、古典派はかなりいい線行っているような気がします。やはり、経験が一番なのでしょうね。それと比べるとバッハは圧倒的に経験が少ないというのもあるのかもしれません。

モダン楽器の良さを殺さずに、規則に縛られずに生き生きとした表現ができるようにするためにはどうすればよいのか、特にバロックにおいてはまだまだ課題がありそうです。

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2011/02/27

ブリュッヘンのロ短調ミサ(2)

正直言って、感想を書くべきか迷ってしまう。という感じの演奏でした。

また、この演奏は、ブリュッヘンの意図をどの程度反映しているのかということに関しても、安易に結論を出すべきではない様な気がします。果たして、この演奏をもって、ブリュッヘンのバッハを評価してよいものなのか。オケしかり、合唱しかり。

表面的なことでの疑問は、なぜ、Ossanaで二重合唱の配置に変えず、そのままだったのか。

確かに、数年前と比べれば、いわゆる「ピリオド奏法」のレベルは、弦楽器を中心に格段に上がった。なんとなく古楽器っぽくて、ノンヴィブラートで・・・。でも、個々の演奏家の意思、意図が耳からも目からもいまいち伝わってこない。もっと言えば、普段古楽器オケに参加しているようなおなじみの人たちすら、いつもに比べるのびのび感と言おうか、いまいち覇気が感じられない。アグレッシブさが見られない。何か、殻に閉じこもってしまったような、鎖でつながれてしまっているような・・・。なにかもっと雄弁に語ってほしいといおうか・・・。オーボエの庄司さんはあの中では明らかに雄弁に語っていましたが、それと比較すると、言わんとしていることが何となくわかってもらえるかもしれません。

それと、モダン楽器のくすんだ音は、複雑な対位法の細かい音には不向きではないか。倍音が少ないために、各声部の動きが聞き取れないのです。フルートは、音が飛んできません。トランペットもしかり。ピッコロトランペットというのを使っていて、高い音は出るのですが、バロックトランペットのような輝かしい響きというのはない。しかも、終始下向いて吹いているし。神の楽器、王の楽器なのですから、ファンファーレを吹くように吹いてほしかったです。

合唱については、論評を控えます。がんばりは大いに認めますが。

ということで、あまり肯定的な感想ではないので、このあたりでやめておきます。

18世紀オケによる新録音CDを聞いてから、また振り返ってみようと思います。

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ブリュッヘンのロ短調ミサ

今晩は、ブリュッヘン指揮新日本フィルのロ短調ミサ。

木管楽器に期待しないみたいなことを言ってしまいましたが、そのせいかどうかはともかく、なんと客演でオーボエの秘密兵器を出してきました。庄司知史さん。知っている人は知っている名手。

http://www.face-music.co.jp/3_player/shoji.htm

おかげでファゴットと合わせて二枚舌グループは超強力に!オーボエソロ曲は注目です!

詳しい演奏の模様は、明日の演奏会が終わってからにします。

ところで、ロ短調ミサ曲は、新バッハ全集でももっとも初期に編纂されたもので、当時としてはかなり斬新なアイデアが盛り込まれていましたが、その後の研究によって、今となってはどうかな・・・という感がありました。そこで、最近、いわゆるリバイス版というのが登場しています。最新の研究成果を踏まえたもので、すでにミニチュアスコアも発売されています。

https://www.baerenreiter.com/html/nba_rev/en/index.htm

自筆総譜にあとで息子のC.PH.E.Bachが書き込んだものを明確に区別し、他の資料も踏まえたものです。

今回は、この校訂譜をそのまま使ったものではなさそうです。面白かったのは、Gloriaの最後のバスのアリア「Quoniam」のホルンにいわゆるモダンの「ディスカント ホルン」、要はトランペットと同じ音域のホルンを使っていた点です。リバイス版では「Corno da Caccia in D Basso(Bassoは斜字)」になっていますが、ブリュッヘンはBassoとは考えなかったのでしょうか。またDomine Deusの16分音符がいわゆるロンバリディアリズムになっていたのも変わっています。リバイス版の脚注を見ると、1733年版にはそうなっているようです。BCJのプログラムならこのあたりはビシッと解説してくれるのでしょうけど、新日本フィルではそこまでなかったのが少々残念。

(ここから加筆です)

ブリュッヘンの旧盤を見ていたら、クリストフ・ヴォルフが使用楽譜について解説していました。ということは、旧盤はPetersから出ているヴォルフ校訂版を使ったということか。今回はどうなのでしょう?ちなみに、新バッハ全集Revised EditionはUwe Wolfという人が校訂していますが、クリストフ・ヴォルフとも色々ディスカッションしたと書いてありました。

とりあえず今日はここまで

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2011/02/21

ブリュッヘンの第9

今日は、サントリーホールで、ブリュッヘン指揮新日本フィルの第9&第8。

今月半ばからブリュッヘンベートーヴェンシリーズが始まっていましたが、聞きに行くのは今日が最初で最後。というのも、18世紀オケとの最後の来日の時がやはりベートーヴェンシリーズで、その時、第9だけ海外出張で聞けなかったので、いわばそのリベンジという感じ。本音は18世紀オケで聞きたかったですが。

しかし、前回のハイドンシリーズと比べると演奏の完成度はかなり上がっているという感じがしました。前回は正直消化不良、特に豊嶋さん以外のコンマスの際には、オケ全体に戸惑いに似た雰囲気を感じましたが、今回はそういうこともなく、ごく自然に。また、前回不満だった木管もかなりよくなりました。余計なヴィブラートも消し去って木管パートの中でアンサンブルしてるなという雰囲気がありあり。

合唱の栗友会も大健闘。第9でこんな歌わされ方をさせられたのはおそらく初めてかと思いますが、よくついて行っていました。

ソリストは個人的にはバスとテナーが好きです。ソロの場面になってもソロ歌手たちが現れないので、いったいどうしたんだろうと心配になっていたら、いきなりステージに登場して身振り手振りを入れながらレチを歌うという演出はオペラチックで素晴らしかったですが、歌(と言おうか語り)そのものも、ただ大声を張り上げるタイプの演奏を聞きなれているとものすごく新鮮でよかったです。バッハのカンタータや受難曲を演奏し慣れていれば、当たり前ではあるのですが・・・。

ちょっと残念だったのは、チェロ、コントラバスのレチ。場所が離れているのと指揮がわかりにくい影響か。でも、ここが一番古楽出身のブリュッヘンらしさが出るところでもあって期待していたのですが。あとは終楽章のテンポの変化(と言おうか変化しない)に少々戸惑う場面も。

でも、全体的には大満足です。18世紀オケだったら・・というのは相変わらず考えてしまうのですが、それを除けば。

ブリュッヘンは、相変わらず足腰がきつそうで、よろよろしながらステージに登場する姿が痛々しさすら感じさせますが、精神的には極めてお元気な様子で、わかりにくくもポイントではきびきびと指示を出していました。

次は26日のバッハのロ短調ミサ。こちらは、完全にソリスト目当て。オケにも合唱にも多くは望むまい。さすがにバッハとなると普段やり慣れてないでしょうし、一朝一夕になんとかなるものでもないでしょうし。木管楽器とか古楽器の響き、味わいはさすがに求めるのが無理というもの。合唱も第9を歌うようにはなかなかいくまい。ハイドンの時のフーガ合唱はかなり厳しかったですが、今回はどうなのでしょう?昨年、アーノンクール指揮CMWで聞いたばかりですし、BCJも聞きなれているのですが、それと比較するのも気の毒。でも、ブリュッヘンの解釈は気になる。どこまで木管楽器に要求するのか。トランペット&ティンパニの響きも気になる。アリアの通奏低音、特にチェロも注目。ここには古楽器に造詣が深いメンバーもいるし。弦楽器は、バロックらしい細かいアーティキュレーションの変化をどうするのか。OLCでも活躍する堀内さんにも注目。

ということで、全体的にはともかく、マニアックなところではいくつか注目点があります。はやく26日が来ますよう。

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2010/11/24

祝!BCJ20周年

早いもので、もう20年・・・。

今日は、東京オペラシティでBCJ20周年記念演奏会&記念パーティー。

1991年以来20年。10周年がつい数年前だったような気がしていたのに、この10年あっという間。自分自身もあっという間に10も歳をとってしまった。鈴木雅明さんは、メンバーの20年を「円熟」と表現されていたが、私自身は果たして円熟したのであろうか????

20年間を振り返っても、なかなか言葉が出てこない。鈴木雅明さんと話しても言葉が出てこない。「早かった・・・」とそれだけ。色々な想いが頭の中を駆け巡って。ファンであるというよりは、音楽のそして人生の師であり、同志であるという感覚である。

TELDECのカンタータ大全集が終わって、空気が抜けた状態だったときに、まるで救世主のように現れたBCJ。まさかという思いと、ついに日本でも生が!という期待で。レコーディングが始まるまで、そしてレコーディングの開始、メンバーも事務局も大幅に入れ替わった時期、海外公演を積極的に行うようになって来た時期。カザルスから紀尾井、そしてオペラシティへ。

かつてBCJで活躍したメンバー、ソリストたちの顔と音楽が・・・。裏方として活躍された人々も・・・。今日BCJがあるのもこうした方々のおかげ。

しかし、まだ20年。カンタータの録音はあと2年少々で完了するようだが、アーノンクールは、カンタータ大全集が終わって20年以上も演奏を続けている。カンタータや受難曲の再録音も。BCJも世代交代しながらそうやって続いていくのであろうか。

それにしても、「同志」などとえらそうなことをいいながら、賛助会員であり、20年間通い続けたこと以外、BCJに何も貢献できていない自分がかなり歯がゆい。10周年の際に投稿したものも幻になってしまったし・・・。

そんな想いを抱きながら、オペラシティを後にした。

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