2008/11/14

赤津眞言を語る

昨日は、バロックVnの赤津眞言さんとオーケストラ・ファン・ヴァセナールの仲間たちによる、イタリアとフランスのヴァイオリン曲(ソロソナタ、トリオソナタ)の演奏会を聞きにいく。

2vn,Vlg,Cemというバロックの基本中の基本の編成でありながら、コンサートは意外なほど少ないといおうか、ほとんどない。そして、初期イタリアからコレッリ、フランスのルベルなど垂涎のプログラム。

他のメンバーはVnが瀬尾和美さん、VCとVdgが武澤秀平さん、そしてCemが私を古楽という「悪の道」に誘いこんだ張本人の岡田龍之介さん。実は、瀬尾さんのことは知りませんでしたし、演奏を聴くのは初めて。しかし、赤津さんのお眼鏡にかなう位なので、それなりの実力者なのでしょう。古楽の世界より、他の世界で有名な多才な方らしいです。

それはともかく、やはり赤津さんの音楽はいつ聞いてもいいですね。表現豊かで繊細でやさしくて。同じLa Petite Bandeに所属していた寺神戸さんとはまた違った味わいです。そして、他のLa Petite Bandeの誰とも違う個性を持っています。ひたすら美音や技巧をひけらかすタイプのバロックVn奏者も増えてきたようですが、楽器が持つ本来の表現力をいかした演奏を聞かせてくれます。ある意味和風なのかもしれません。なかなかこういう演奏をする人は古楽界でもいませんね。

実は、一緒に弾かせていただいたことが何度かありますが、全くついていけなかった。指が回るとかではなくて、ボウイング、もっと言えばただ音を出すだけでも。何が違うのだろうと毎回観察していますが、いまだに全く見当つかず。実際、プロの方でも、赤津さんと対等にアンサンブルできるVn奏者というのは世界中でもそうはいないのではないかとすら思います。どうしても赤津さんが圧倒的な存在感を見せてしまいます。ですから、私ごときがついていけなくても何も落ち込む必要はない。でも、一度、全く対等に張り合えるVn奏者との演奏を聴いてみたいです。

Cemは、赤津さんのVnと張り合うことは決してなく、しっかりと支えることに徹していました。そうすることで、Vnのすばらしさがよりいっそう引き立つ。

コレルリのトリオソナタなんて、トリオソナタの教科書、元祖本家本元なんですが、演奏される機会は極端に少ない。あんなに単純シンプルなのに、何であんなに激しく、そして心動かされるのだろう。ぞくぞくわくわくする。和声の変化だけでも。改めてすばらしい曲だと思ったし、自分でも演奏してみたい。

まぁ、色々うんちくめいたことはあるのですが、とにかく楽しく、心動かされる演奏でした。

24日には、赤津さんが指揮をして、イタリアの声楽曲を演奏するコンサートにも行ってきます。

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2008/10/19

青春プレイバック!トリオソナタに萌え

昨日は、新所沢の松明堂音楽ホールというところに、「“ Sweet and Gentle Baroque ” リコーダー、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ によるバロック室内楽の調べ」というコンサートを聴きに行ってきました。ヘンデル、テレマン、バッハ、ルクレールのトリオソナタを中心としたこの手のコンサートは、昨年の若松夏美さん、鈴木秀美さんらによる「びっくりばこんさーと」以来久々。思えば、15年位前はこういうコンサートばかり行っていたのに、バブル期以降さっぱり。そして、自分自身もしょっちゅう弾いていたのに、最近はかなり長い間ご無沙汰。そして、この日のメンバーが「安井 敬(リコーダー)、高田あずみ(ヴァイオリン)、福沢 宏(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、副嶋恭子(チェンバロ)」というメンバー。1980年代から90年代初めには、こんなメンバーのコンサートが頻繁に、しかも気軽に聞けたのです!そんな意味で、このコンサートは、私にとってまさに「青春プレイバック」でした。

最初は、ヘンデルのF-Durのトリオソナタ。OP2-4または5とも呼ばれていますが、私がブリュッヘン、アーノンクール夫妻らの演奏で「トリオ・ソナタ」というジャンルの存在を知ったという記念すべき曲の一つです。この編成での定番中の定番で、私も何度も演奏しました。演奏は、絶妙な楽器感のバランス、お互いの役目をしっかり出しながら調和をとる。そしてなんといっても落ち着いた響き。いかにも大人の演奏という感じ。でも、決して重くならず、軽妙な味わいもある。このコンサート全体にいえることですが。とにかくこの曲を聴くとワクワク元気になります。

次は、テレマンのa-moll。これは、テレマンに目覚めたきっかけ、トリオソナタのかっこよさの虜になった曲。これもずいぶんやりました。ブリュッヘン、S.クイケン、ビルスマ、レオンハルトという黄金メンバーのLPに夢中。高校生の頃でしたが、モダンVnを半音下げてこの演奏に合わせてこの曲を弾いていたのを思い出します。そして、86年に発売されたオトテール・アンサンブルのテレマン曲集であずみ師匠が弾いていて、これもずいぶん聞いたなと思い出しました。いま改めて聞きなおしてみましたが、当時もうまかったですが、やはり20年の年月は、表現により深みをもたらしています。昔のは気持ちのいい演奏。いまはそれだけではなく味わい深い演奏。

前半最後は、バッハのVnソナタ3番。これは、80年頃、S.クイケンのライブ録音をFMできいて、あまりのかっこよさに衝撃を受けた曲。6曲のソナタの中で、第2楽章を除けば一番好きな曲ですが、一番弾けそうもない曲でもあります。第一楽章のバッハ自身によるイタリア装飾がすばらしい!また、チェンバロの和音の華麗なこと!そして終楽章。Vnらしい上昇指向。う~ん、しびれる・・・。

休憩のあとは、オトテールのプレリュード。久々に聴いたヴォイスフルートによるオトテール。どうせなら組曲としてやってもらいたかったですが、時間が長すぎるか・・・。

次は、これまた大好きな曲で、やりたかったけどなかなか機会がなく、生演奏も聞く機会がなかったルクレールのVnとガンバのトリオソナタ。B.クイケンとW.クイケンによるLPで夢中に。Vnでも演奏できることは知っていましたが、さすがVn弾きルクレールの作品だけあって、Vnでやってもすばらしいですね。ますますやりたくなりました。この頃から、演奏者たちにも笑顔が・・・。

最後は、バッハのオルガン用トリオBWV529をRec,Vn用に編曲したもの、これは、リチェルカーレコンソートの演奏で萌えました。これもやってみたいけどなかなか機会がない。家では時々触りだけさらっているのですが。本当に味わい深いですね。特に第2楽章が。「音楽の捧げもの」のトリオのようなややこしさはないものの、内容はかなり濃くしっかりした曲です。こういう曲こそ、奇をてらわずに、きちっとしっかりと一つ一つ大事に演奏してほしいものですが、この日の演奏は生き生きとしながらも、地に足が着いた、この曲にふさわしいものになっていたと思います。

アンコールは、テレマンの別のa-mollのトリオの終楽章。これもいやというほどやりました。そういえば、安井さんの弟子の発表会で福沢さんの通奏低音で弾いたような気が。その時は玉砕だったので、是非もう一度リベンジを!という気持ちに。

ということで、いままでの人生、青春をたどりながら聞いた演奏会でした。こういうのをこれからもやってほしいですね。ベテランの味をもって。

他のお客さんにとっては、恐らく、ポピュラーなはずなのに最近は滅多に聴くことがないということで、新鮮な驚きをもってこれらの曲を聞かれたのではないでしょうか。トリオソナタの魅力にとりつかれた方も少なくなかったのではないかと思います。

さて、終演後は打ち上げにこっそり参加。学生時代の思い出話など聞かせてもらいました。さすがの私も1980年前後の「芦花バンド」(当時、芦花公園の近くに住んでいた人が多かった?)のころのことはうわさでしか聞いたことがないのですが、なんだか同窓会のような感じでもありました。そして、安井さんにリベンジを直訴。「今日の演奏を聞いて、Vnとトリオソナタをやりたいという人が出てくるはずなので、その時は是非!」とアピールしておきましたが、果たして実現するかどうか・・・。何せ、前科があるもので(苦)。でも、機会があれば是非もう一度トリオソナタに戻ってみたいです。

ということで、青春プレイバックと共に、新たな音楽的な欲求がふつふつと湧き上がってくる、そんな演奏会でした。

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2008/10/06

「Vivaldiは生きる力だ!」鈴木秀美、10/7を前に語る

「Viva! Vivaldi」「Vivaldiは生きる力だ!」 by 鈴木秀美

この言葉は、私が鈴木秀美さんに対し、明日(10/7)のOLCとのVivaldiに際して何か一言とお願いしたときに出た言葉です。

(OLC第22回演奏会については)

http://bcj.way-nifty.com/kogaku/2008/09/olc-vivaldi107-.html

http://olc.hidemisuzuki.com/

たまたま鈴木秀美さんに用事があって、リハ会場に行ってその時に聞いてきたのですが、まさにそういう演奏になりそうです。

Vivaldiというのはテーマが単純、やっていることもよく見ると著しく単純。それでも、弾くにはかなりのエネルギーを消耗しますし、音楽にするのは案外難しい。あまりにも単純すぎて、また、旋律っぽくないので、どうさばいていいのかわからないままに何となく事なかれ的に流されてしまうことが少なくありません。一昔前のように何となく美しく清潔であればいいみたいなそんな代物ではとてもじゃないけどありません。今回の曲目も、テーマはえらく単純ですが、相当体力を消耗するような曲のようです。それでも、弾いている秀美さん、そしてOLCメンバーの姿を見ていると、どんどん生き生きと元気になっていくようにすら思えました。聞いている私も、昨日の本番の疲れもどこかへ消し飛んで、わくわくしてきました。それにしても、手の施しようもないほど単純なテーマを、ただ漫然と流すのではなく相当丁寧に表現しようとしているな。どんなテーマであろうと安易に妥協しない。そこに込められたメッセージをちゃんと描き出そうとしている。

とにかく、言葉にはうまく出来ないような刺激的で情熱的、官能的で妖艶な演奏。あのヴェネツィアの青い空と海を彷彿とさせる明るいサウンド。信じられない不協和音への展開。単純ではあるが技巧を凝らした曲。単なるBachの教科書、バッハのさきがけということで片付けてしまうことはとても出来ない。最近流行の過激で鋭角的な演奏ではありませんが、曲が異常に書かれているところは異常に弾き、歌うところは思い切り歌う。古楽器らしい弓と弦の弾力、やわらかさを存分に生かした明るくてキレがあって、それでいて深みのある表現を聞かせてくれます。たぶん、まだまだアイデアが尽きることがなさそうな感じだったので、本番でも何をやってくれるのか、全く見当がつきません。その場でのお楽しみといったところでしょうか。

こんなVivaldiを生で聞ける機会などほとんどありません。恐らくこれからもほとんどないでしょう。

音楽事務所に聞いたところ、当日券はあるそうです。個人的には、2階正面バルコニーと1階の壁際がオススメです。2階正面は3列目しか空いてないそうですが、さほど広い会場ではないので実は1列目とほとんど変わりません。壁際というのは、私が実際に座ってみて「いいな」と感じたところで、ホールの方も密かにそのようなご意見でした。サウンドが充実しているのです。前のほうでソリスト同士、またはソロとオケとのはげしいぶつかり合いを感じるのもいいでしょうけど、ゆっくり聞くのであれば、真ん中より少々うしろの壁際というのはなかなかいい選択肢だと思います。ステージに向かって右側が個人的には好きです。このあたりの席はまだあるようなので、当日券でも選べると思います。2階バルコニーや1階真ん中はかなり売れてきている様ではありますが、実は売れていない席にもいい席が隠れています。でも、全体的にはとても聞きやすいホールですね。OLCサウンドがホール全体に充満すると思います。

リハを聞いて、「この演奏を多くの方に紹介して聴いてもらわなければ、一生悔いが残るだろうな」と思いました。その位期待できる演奏会です。

是非明日浜離宮朝日ホールでお会いしましょう!

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2008/10/03

孤児院ミサ演奏にあたっての所信表明

実は、10月5日(日)に津田ホールで本番に出ます。

http://homepage3.nifty.com/ClassicalSingers/

そこで、Mozart奇跡の12歳の作品といわれる「孤児院ミサKV.139」を演奏します。ちなみにこの前の番号はKV.136-138の有名な弦楽ディヴェルティメント。これらは確かに名曲ではありますが、さほど複雑な曲ではない。しかし、このミサははるかに複雑で深い。とても12歳とは思えません。

高円寺での師匠との演奏会から1ヶ月しか間がないので、正直かなり苦しいですが、その分、楽譜や歌詞の読みこみをして、イメージトレーニングをしました。読めば読むほど色々面白い曲だなということがわかってきて、演奏のアイデアも浮かんできました(実現できるかは別として)。そこで、思いついた内容を最近流行の「所信表明」として残しておきたいと思います。

第一部 Kyrie

冒頭のハ短調。まるで絶望の深き淵から神に向かって救いを求めて叫んでいるよう。Vnの8分音符の下降音形は、深き淵の底に落ちていく姿にも思える。しかし、神の姿を見ることで絶望から希望へ。

第二部 Gloria

Vnの激しい上行下行は何を表しているのだろうか?14小節目からは、地に平和、希望の光=神の威光が地球上を照らし、明るくなる、そんな光が広く照らすイメージをVnが形成している。

Gratias 大聖堂で神に感謝を捧げる儀式が厳かに始まる。しかし、なぜかあちらこちらにわけのわからない転調、はたしてどこに行くのか・・・。(謎)

Qui tollis 私たちの大きな罪を悔い、神に憐れみを求める悲痛な叫び、祈り。

Quonium イエス・キリストに対する信頼と賛美。

Cum Sancto Spiritu 伝統的な対位法による曲。三位一体の神を讃える。

第三部 Credo

神の子であるイエス・キリストが罪をあがなうためにこの世に遣わされ、十字架にかけられ、そして死に勝利して復活し、我々を罪から解放したということを堅く信じる。イエス・キリストの降誕から受難、復活を音楽的にも追う。

最初は、神の子としてこの世に遣わされる、つまり降誕の場面。下降音形は、降誕を表しているのではないか。下降音形が弦楽器によって繰り返されるが、実は少しずつ音が上昇している。つまり、この地に下りながらも栄光に向けて高まっていくという全く逆の動きが見られる。そのことを特に1st Vnがどう表現できるか。descendit(降りる)がまさに下降音形になっている。

Et incarnatus ゆりかごの上で、幼子がすやすやと眠っている。

Crucifixus 死のファンファーレ、死刑執行の合図がトランペットによりなされる。そして十字架にかけられ、受難し葬られた。すべてが終わり、絶望の淵に落とされる。「神よ、なぜ私をお見捨てになった?」 かに思われたそのとき・・・。

天からイエス・キリストの復活、勝利が天使(ソプラノ)によって高らかに宣言された。そしてラッパも太鼓も勝利の雄たけびを上げ、祝福する。この曲は、基本が上行音形。ascendit(上る)が上行音形。「mortuos(死者)」というところでは急に暗くなる。「judicare(裁く)」と「remissionem(赦す)」は、そこだけ他の部分と全く異なり合唱の各パートが順番出でてくる書き方。どうやら対になっているよう。弾き方も当然その意味に合わせる。「赦す」というのは神の慈しみであり恩寵。慈しみにはそれにふさわしい表現があると思う。「resurrectionem(復活)」は、勝利して天に昇ることを表しているのか、これも上行音形。最後のAmenは、「イエスの王国には終りがない」ということを表すのか、祈りがずっと続くということなのか、信仰がずっと続くということなのか、いつまでたっても終りが見えない対位法。典型的な音楽修辞法。アリアやアンサンブル曲は少々わかりにくいですが、合唱曲は、非常にわかりやすく、感情も込めやすい。Vnにとって鬼門の早い音形が何度も繰り返し出てきますが、これは、どんな時でも揺るがない一貫した堅き信仰でも象徴しているのでしょうか?

第四部 Sanctus

偉大な神への賛美を高らかに歌う。

第5部 Agnus Dei このあたりはごく普通のAgnus Deiと同じよう

Dona nobis pacem 割合と活発な曲。もっと穏やかな曲も多いけど。穏やかな平和というより、元気よく

と、こんな感じでしょうか。どうも合唱曲中心に物事を考えているせいか、アリアとかソロアンサンブルの曲のイメージがわかない。。

それにしても、さほどややこしくないのではありますが、12歳が音楽修辞法をマスターしているなんて、いまさらながらすごいと思います。

正直言って、Vnは、合唱にぴったり沿うわけでもなく、独立したパートでもない。この時代の合唱曲の多くにおいては、いわば合唱パートのディミニューション(分割装飾)を担当している。だからえらく難しい。この時代になっても、まだバロック初期の伝統がしっかりと生きているというのは驚くべきことです。早くて細かい音符にまどわされることなく、合唱に沿って弾いていきたい。

果たして5日はどうなるか。

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2008/09/29

鈴木秀美&OLC 渾身のVivaldiチェロコン(10/7)予告

鈴木秀美&OLC(オーケストラ・リベラ・クラシカ)の第22回公演(10/7 19:00開演 浜離宮朝日ホール)は、いままでとはうって変わって、Vivaldiチェロ協奏曲&「レストロ・アルモニコ(調和の霊感)」集

http://olc.hidemisuzuki.com/

チェロのソロ協奏曲、そして2台のチェロやVnソロが入ったおなじみの協奏曲を鈴木秀美さんの他、エマヌエル・バルサさん、若松夏美さん等が演奏。「弦楽器三昧」といってもいいでしょう。

Vivaldiの協奏曲といえば、演奏されるのは四季と一部の管楽器のための協奏曲ばかりで、超有名曲であるにもかかわらず、レストロ・アルモニコなどは古楽器で演奏されることはほとんどありません。厳密にいえば、アマチュアが演奏することはあっても、プロが演奏するというのはほとんど聞いたことがありません。

有名でありながらレアな演奏、しかも一流の演奏家。この手のコンサートは、イベントなどでやる可能性はあっても、自主公演というのはいまや財政的にも演奏家のスケジュール的にも極めて困難。これを聴かない手はないとしかいいようがありません。OLCの大阪でのエロイカ同様、「幻の・・・」になってしまう可能性大です。レコーディングされるかどうかもわかりません。

そもそも、古典派オケとしてのOLCがなぜVivaldiなのか、それなら別団体があるのではないか、という意見もあるかもしれません。しかし、鈴木秀美さんは言います。「私たちはバロックからスタートしている。バロックを演奏しているからこそ、古典派をこのように演奏できるのだ」と。つまり、演奏者自身が彼らの原点に返るとともに、最近OLCのファンになった人達に、自分たちの原点を知ってもらい、なぜ、あのようにハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンを演奏できるのか、その秘密の一部を知ってもらいたい、とそういうことではないかと思います。そして、ハイドンやモーツァルトにも、バロック時代から受け継いだものが脈々と流れているということも忘れてはなりません。バロック音楽を演奏しているからこそ、古典派に流れるバロックの遺産を感じ取ってそれを的確に表現できるのです。「私たちは新しい時代から古典派の音楽を見るのではなく、より古い時代の音楽から古典派の音楽を見る。そうすると、古い時代の伝統も、そして古典派の斬新さや作曲家の特徴をより強く感じ、驚くことができる」。これも、鈴木秀美さんをはじめ多くの古楽関係者が口をそろえて述べていることです。

モーツァルトやハイドンが直接Vivaldiを知っていたか、Vivaldiから影響を受けていたかはわかりません。しかし、間違いなくいえることは、彼らは、バッハ(親子)やヘンデルからは多くの影響を受けていた。そして、父バッハやヘンデルの音楽は、Vivaldiの影響を無視しては語れないということです。(ヘンデルの場合はCorelliの方が影響は直接的ですが)。

さて、前置きが長くなりましたが、曲目等の紹介をしておきましょう。

ヴィヴァルディ Antonio Vivaldi (1678-1741):
協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第8番イ短調RV522
Concerto for 2 violins in A minor, Op.3-8 from "L'Estro Armonico"
チェロ協奏曲 ハ短調RV401
Concerto for violoncello in C minor
ヴァイオリンとチェロ協奏曲 イ長調RV546
Concerto for violin and violoncello in A major
2つのチェロ協奏曲 ト短調RV531
Concerto for 2 violoncellos in G minor
チェロ協奏曲 イ短調RV418
Concerto for violoncello in A minor
ヴァイオリンと2つのチェロ協奏曲 ハ長調RV561
Concerto for 1 violin and 2 violoncellos in C major
協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第4番ホ短調RV550
Concerto for 4 violins in E minor, Op.3-4 from "L'Estro Armonico"
弦楽合奏曲 ト短調RV157
Concerto for strings in G minor


2008年10月7日[火] 19:00開演・18:30開場
東京・浜離宮朝日ホール (朝日新聞社新館2F)
(都営地下鉄大江戸線「築地市場」駅A2出口経由徒歩5分)
   
◎料金(全席指定席・税込み):
  S席7,000円・A席6,000円
  学生当日券2,000円(会場へ学生証をお持ちください)
◎チケットのお申込み:
  朝日ホールチケットセンター(03-3267-9990)、
  OLC事務局(オレンジノート 045-545-9234 e-mail: info@hdm-olc.com )、
  チケットぴあ(0570-02-9990) [Pコード:294-745]
主催:オーケストラ・リベラ・クラシカ、朝日新聞社
協賛:NEC(http://www.nec.co.jp/community/ja/)
助成:芸術文化振興基金

第22回公演メンバー:
音楽監督・チェロ     鈴木秀美
ヴァイオリン     若松夏美、高田あずみ、竹嶋祐子、荒木優子
廣海史帆、森田芳子、川久保洋子

ヴィオラ     成田寛、深沢美奈
   
チェロ     エマニュエル・バルサ
コントラバス     今野京
チェンバロ     大塚直哉
リュート     佐藤亜紀子

鈴木秀美さんから直々にメールをいただきました。まだチケットはあるそうです。是非是非ということでしたので、私からも心からご来場をお待ちしたいと思います。

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2008/09/23

BCJにも世代交代の波か?

今日は、BCJの第82回定期演奏会。

曲目は、146番他。休日ということもあって、結構な入り。当日券もそこそこ売れたように思えます。

今回の目玉はなんといっても豪華ソリスト陣と146番のオルガンソロ。ソプラノは当初のキャロリン・サンプソン(おめでとうございます!)からレイチェル・ニコルズに。ここのところほぼレギュラー化しているおなじみ歌手。アルト以下はいつものベストメンバー。こちらについてはいまさら何もいうことがないので省略。レイチェルの服装がいつもよりは控えめか。それにしてもものすごい声量です。男声陣もかなわないほど。全く見たままの豊かな声量。オペラシティだからまだいいですが、神戸ではどうなってしまうのでしょう?

そして146番。これは、チェンバロ協奏曲BWV1052の原曲といわれるヴァイオリン協奏曲の第1楽章を冒頭シンフォニアに、第2楽章を冒頭合唱に使い、ソロをオルガンに替えたものです。他にもオルガンソロのアリアがあります。いままでであれば、当然この手の曲は鈴木雅明さんがオルガンを弾きながら指揮。ところが、今回は神戸で大オルガンを使った関係でさすがに弾き振りは無理ということで、なんとソリストに、今井奈緒子さんではなくJr.の優人さんを大抜擢。そして、通奏低音チェンバロに今井さんを起用という前代未聞の布陣。ある聴衆は「後継者のお披露目」ではと推測。真偽のほどはわかりませんが、とにかく驚きです。肝心の演奏ですが、東京はポジティフオルガンを使ったこともあり、かなりかっちりとしかも若々しく生き生きとしたそれでいて情感あふれる演奏にはなっていたと思いますので、専門的なことはわかりませんが、おそらく「お披露目成功」という評価を与えてもよいのではと思いました。ただ、神戸の大オルガンではどうだったのか、雅明さんや今井さんだったらどう弾いただろうと考えると、もっとすごい何かを出してくれたかもしれないなどとも思ってしまいます。CDでも聞けるBWV1053の原曲である169番の装飾の嵐を思い出すと・・・。146はそういう装飾ができそうな曲ではない様な気もしないではないですが。

それにしても、最近の古楽オケは、アーノンクールのコンツェントゥス・ムジクスも、クイケンのラ・プティット・バンドも、娘、息子たちにその地位を譲るという世襲制の雰囲気をかもし出しています。いい演奏さえしてくれれば、創立メンバーのよさが受け継がれていくのであれば別に世襲でも何でもよいのですが、見ている限りはカリスマ性を持った父親を上回るというのはなかなか難しいようにも思えます。「うまい」という点では、だいたい子供世代の方がうまいと思いますが、では聞き手に訴える力となるとこれはまた全然別。BCJ自体はまだ若いメンバーが多いので、世襲を云々言うなどという段階では全くありませんが、果たして将来どうなるのでしょう?優人さんは、私が聞いている限りでは、数年前に比べ成長著しく、今日も父親とは違ったタイプの何かオーラといおうか雰囲気を感じましたね。落ち着き払っていましたし。将来に期待しましょう。

さて、私が席に着こうとしたら、すぐ後ろにめがねをかけた頭が丸い外国人の方が座っていました。よく見ると、なんと雅明さんの師匠であり、カンタータ全曲演奏を先に手がけたTon Koopmanではないですか!たまたま来日中のようで、その合間を見つけて愛弟子の晴れ舞台を見に来ていたというわけです。私も邪魔をしてはいけないということで、やや頭を下げて彼からステージが見えるようにちょっとだけ気を使いました。彼は、演奏終了後は、BCJそして愛弟子に対しあたたかい拍手を送っていたようです。楽屋も訪問し、弟子にねぎらいの言葉をかけていたようでした。いい人ですね。

ということで、今年最後のカンタータの演奏会が終わりました。まもなく、新年度の会員募集がはじまると思います。そちらにも注目しましょう。

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2008/09/12

LS-10のその後

9月6日には、OLYMPUSのLS-10にAT822をつないで、こっそり本番を録音。性能を試してみました。自分が出演する直前にあわててセッティングしたので、録音レベル以外は何も調整せず。

そして5日ほどたってからUSBでPC経由でミニコンにつないでSENNHEIZERヘッドフォンで聞く。

マイクの位置は教会の一番後ろ。演奏家から一番離れたところ。カメラ用の軽い三脚に設置。最も高音質なPCM24bit96Mhzで録音。

セッティングやマイクは決してよくないですが、一人ひとりの音がかなりはっきり入っていて、音程の悪さや間違ったところがよくわかる。

外のセミの鳴き声ももろに入っている。

ただ、CDとかの録音に比べると比べるまでもなくダメ。オケがヘタだからかと思いきや、あずみ師匠の音色でもやはりプロの録音とはまるで違う。もちろん、我々とあずみ師匠の音色の差はあまりに歴然。大人数の中でも音が通ってくる。そのことはちゃんととらえていました。高い楽器は高いなりに、うまい人はうまいなりにはちゃんとは入っています。

リハの時には、もう少し近くで録音したのですが、マイクのせいかかなり高音が強調されてキーキーいう感じになってしまいました。ただやはりこちらの方が近い分だけ各楽器の音ははっきりしています。

そういえば、OLYMPUSによるLS-10のデモ録音もVn。外部マイクなし。もちろん奏者はプロの若手Vn弾きなのですが、あずみ師匠とは格が段違い。そんなすごい音源を録音しているのです!オケの音はずして、師匠の音だけにしたらものすごいデモ演奏になるんですけど。

ということで、やはり演奏そのものがうまくないと、録音機がいかによくてもいい録音にはならないということが改めてわかりました。また、マイクの性能やセッティングも大事なんだと。

メリットの一つのホワイトノイズの少なさは満足。赤い録音機に比べるとないに等しいです。

早くプロが録音した本格的録音が聞いて見たいです。熱狂からさめて聴いたときのショックは怖いのではありますが・・・。

次は、15日にアマチュア古楽器オケの練習を録音します。

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2008/09/07

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(7)~挑戦はまだまだ続く

本番が何とか終わりました。ご来場の皆様、ありがとうございました。

個人的には必ずしも力を出し切れずに、残念な結果に終わりましたが、全体としては猛特訓の成果もあって、目指すところはわかるようになってきたような気がします。

本番は、かなりテンポが速めになったようです。聴衆が入って残響がやや吸収されたこともあるのでしょう。アマチュアらしく、気合が入るとそれがすぐに演奏に反映してしまい、崩れやすいということなのかもしれません。テンポ感というのは不思議なもので、そのときの状況によって早く感じられたり遅く感じられたりするものなのですね。弾いている最中はそんなに早いと思わなかったのが、打ち上げで録音を聞いた時にはものすごく早いと思い、翌朝二日酔いの中で聞くと「心地よい」テンポに感じる。いったい昨日のテンポはよかったのでしょうか?

今回の本番を通じて改めて感じたことは、やはり、実践第一ということ。古楽をやるアマチュアはどうしても知識偏重になりがち。理屈は色々言うけど、実践が伴わないので、いっていることと実際にできていることのギャップがあまりに大きい。だから、もっと実際に音を出して出来るまでやる、そういう練習が必要だということ。そして、音色、ボウイング技術を磨くこと。あとはメンタル面でしょうね。特に私の場合は。

あとは、ハーモニーという観点から音程を身につけること。これも、確かに理論的に「この和音の時はこの音がどうなって」みたいなことも必要なのでしょうけど、最終的には、耳で覚え、感じるしかない。チェンバロの副島恭子さんが、時々チェンバロで和音を弾いてみて、色々説明してくださるのはとても役に立ちました。

通奏低音といえば、間合い、息遣いの大事さも学びました。

そして小さな音で弾くことを恐れないこと。小さな音が出せるということは、それだけ表現の幅が広がるということ。楽譜には強弱記号がほとんどない場合も多いのですが、それでもいつもフォルテで弾いていればよいということではなく、それぞれの場面に応じて思い切りピアノにするということも、フォルテをより引き立てさせる意味でも重要。これは直前のリハーサルまで注意されました。

さて、あずみ師匠ですが、難しいところをいとも簡単に弾いてしまうようなところは、ある意味「当然」ということで驚かないのですが、そうではなくて、むしろ何気ない弾くだけなら簡単なところに驚かされたといおうか、すごい!とても真似できそうもない、という感覚になりました。これはノンヴィブラートでゆったりした曲の旋律を弾いた時に特に強く感じました。ヘンデルの合奏協奏曲の遅い楽章とかのカンタービレの歌いまわしや音色の変化。4分音符3つというだけでも全然違うのです。これは今回さすがに秘伝開陳というわけにはいかなかったのですが、ただノンヴィブラートで弾けばいいというのではなく、ボウイングでどう表現するかというところのお手本となるので、今度機会があれば是非ご伝授いただきたいところです。

アマチュアの練習回数はとても多いですが、やはりきちっと弾けるようになるためには、ある程度の練習回数と適切な指導が不可欠。指だけ回ってそれで即席で演奏みたいなノリは、アマチュアには許されないのかもしれません。やはり今回のような丁寧で地道な音楽作り、というのが大事なのではないかと思いました。

本番は終わりましたが、MBAの挑戦はまだ始まったばかり。学ばなければならないこと、身につけなければならないことは山ほどあります。しかし、山が高ければ高いほど挑戦する意欲もわいてこようというもの。しかも、すばらしい案内人もついている。がんばれば上れないこともない。

これからもきっと挑戦を続けてくれるでしょう。

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2008/09/05

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(6)~パリッと小さく手抜きする

「音は小さくてもパリッとした音で」「全部の音を一生懸命しゃかりきになって弾かなくても」「テキトーに弾けば」・・・。

実は、アマチュアにとって最も難しかったのがこの手の注文。

コンチェルトのソロの部分などは、リピエノの人数も多いしついつい音が大きくなってしまうので、ソロが聞こえなくなる。そこで小さく弾くようにいうと今度はスカスカモワモワで何弾いているのかわからなくなってしまう。それを恐れて小さな音で弾けない。しっかり弾かなければはっきりと聞こえないという固定観念と何を弾いているか聞こえるようにパリッとした音で弾くというのは、正直なかなか結びつかない。結局あきらめて人数を減らしたところもありますが、やはりこういうときには音の立ち上がりがよくて小さな音が出しやすい古楽器は便利です。でも、古楽器であれば自動的に出るかといえばそうでもない。それはそれなりに小さく弾くためには意識して弾かなければならない。そのやり方をモダンにも持ち込めばよいということにもなるのですが、言うは易しで、これがなかなかできない。

それと早い楽章の16分音符が続く部分で、ついつい全部の音をシャカリキになって弾いてしまい、アーティキュレーションが全くわからなくなってしまうまたはうるさいばかりでガシャガシャして何がなんだかわからなくなる。一生懸命まじめに弾けば弾くほどそうなってしまう。「もっと軽く」といわれ、そうすると今度は音の粒がはっきりしなくなるし、弾くだけで大変なので、力を抜くのもいわば自殺行為のようなもの。でも、手抜き、音抜きが求められる。「最初の音さえちゃんと弾けばあとはテキトーで」「裏拍の音は抜いてもいい」。すると全部の音が手抜きになる。う~ん、難しい。

それと、変なところにアクセントがついてしまうというのもずいぶん注意されていました。裏拍だとかフレーズの終りだとかが意味もなく強くなるのはご法度。これも余計なところに力が入っていて弓がコントロールできないということなのでしょうか。

こういうことは、普通の団体では教わりません。やはり古楽器奏者の指導の下でやっているからこそです。

こうやってしごかれて、最初はなかなかできなかったものの、毎週熱血指導されていると、やはり少しずつ身についてくるもので、最初に比べると音楽がずいぶんすっきり明晰になって、各声部の動きの面白さがわかるようになってきました。これこそ、古楽器オケの醍醐味であり、ピリオド奏法もそれに習ったところです。

さて、BCJ主力メンバーである高田あずみさんが指導するなら、今回の演奏もBCJのように、と思われるかもしれませんが、方法論は同じでも、音楽はBCJそのままというわけでは決してありません。BCJを真似したくても真似できないということだけでなく、目指している音楽も全く別です。当然といえば当然ですが。あずみ師匠の人間性、優しさ、あたたかさ、繊細さが細部にわたって音楽にもにじみ出ているんですね。

あと、10数時間で本番を迎えます。当日は自由席ですので、お早めにお越しくださいと主催者の方から案内されました。果たしてどんな白熱したそれでいて温かみのある演奏会になるか、楽しみです。

と、他人事のように言っていますが、実は私も取材をしているうちに、演奏に参加して一緒にあずみ師匠にしごかれる羽目になってしまいました。途中からは、「注意されていました」ではなく「注意されました」でした。モダン楽器ではありますが、弾いていてとても楽しいです。バロックVnならもっとこうできるだろうなと思う反面、モダンだからできる表現というのもあります。バロックボウを使おうとも思いましたが、楽器を鳴らしきることができ、より魅力的な音が出せるのはやはりモダンボウなので、大変なのはわかっていますがあえてそれを使うことにしました。

「楽器の制約」をネガティブに考えるのではなく、与えられた楽器の特徴をポジティブに考えて活かしながら、自分たちのやりたい音楽を目指すことの大事さ、楽しさを知りました。

「古楽器だったらこうできるのに、できないのが残念」「古楽器がないから仕方なしにモダン」というネガティブな発想ばかりでは、せっかく音楽をやっているのにつまらないし、もったいないです。

とはいえ、もちろん、「モダンのほうが優れているから積極的にモダンを使いたい」などということは断じてないのですが。たとえやむを得ずモダンを使うとしてもポジティブに考えた方がいい音楽ができるといえます。

赤い録音機での「反省」を踏まえ、少しでもご迷惑をおかけしないようにがんばりたいと思います(といいながら、反省するより師匠の音色にうっとりして終わってしまったことの方がはるかに多かった・・・)

明日はおいしいお酒が師匠と飲めますように!

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高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(5)~典型的ピリオド奏法との違い

典型的な「ピリオド奏法」の特徴といえば。

・ノン・ヴィブラート

・メッサ・ディ・ヴォーチェ

・開放弦の積極的利用

・上からのトリル

といえるかと思います。本当は、そうではないはずなのですが・・・。

中でもノンヴィブラートの徹底というのは、大きなウェイトを占めているのではないでしょうか。

では今回はどうしているのか。

実は、上からのトリルを除いては、そんなに厳密にはやっていません。ヴィブラートも結構かけていますが、巻き線やスチールでは音が硬くなってしまうので、ある程度必要という面もあります。もちろん、巨匠ヴィブラートではないですし、ノンヴィブラートの場合も少なからずあります。メッサ・ディ・ヴォーチェについては、露骨な中ぶくらみはほとんど使いません。もちろん長い音の途中で表情をつけるため、カンタービレの表現のためにふくらみを持つことがありますし、音を減衰させることはよくありますが、ふくらませること自体は目的にはなっていません。モダンボウということもありますが。開放弦についてはやはり古楽器といおうかガット弦に比べると使用頻度は激減します。特にE線はスチールでかなりきつくて硬い音が出ます。でも逆にそういう表現が必要な時には、A線の小指で弾くより効果があります。小指で弾くとやはり音色がこもるんですね。

ということで、「こんなのはピリオド奏法とはいえない!」というお叱りを受けるかもしれませんが、古楽器でもヴィブラートは使っているし、開放弦も注意深く使っているし、メッサ・ディ・ヴォーチェも一昔前みたいに露骨な中ぶくらみにはなっていない。それを考えれば、そんなにおかしいとは思いません。

そんなことより、やはり、古楽器演奏の特徴はアーティキュレーション。これについては、ボウイング技術の習得を含め、徹底的にやっているので、それだけでもかなり古楽器の雰囲気が出ているのではないかなと思います。もっとも、細かいアーティキュレーションは、普通の人にはなかなか聞き分けられないのではないかと思われるほど微妙なことなのですが。

いよいよ明日が本番、教会の響きの力も借りて、それっぽくなっているでしょうか。

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2008/09/03

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(4)~実践あるのみ!

私は、いままで多くの古楽器奏者のお世話になってきましたが、今回ほど「実践」を徹底した練習を見たことがありません。とにかく、実際に弾いてみせて、そしてメンバーができるようになるまで徹底的にやります。言葉ではなく、音で説明します。イデオロギーも理論も演奏習慣も言葉の説明はほとんどありません。時々和声の説明があるくらいでしょうか。言葉での説明の大部分はボウイングテクニックに関する実践的な話です。どうしたら手本のように弾けるか。そして音程あわせも。時にはまるでパート練習か個人レッスンのようになってしまうことすらあります。練習回数も結構多いので、全パートが細かいところまで徹底的に鍛えられます。とにかく、実際に弾いてみせてくれるというのはアマチュアにとってはとてもありがたいことです。言葉で説明されても意味がわからないですし、具体的にどうすればいいかもわからないですし。特にVnは、ボウイングを目で見て学べるだけに効果はてきめんです。

そうはいっても、そう簡単にできるようになるわけではありません。今まで出したこともないような音を出し、表現をするわけですから、指や腕をどう使っていいのか、弓のどこを使えばいいのか、などわからないことだらけですし、頭で理解したとしてもすぐにからだが言うことを聞いてくれるわけではありません。それに、楽器の持っているポテンシャルが違いすぎます。テクニックだけではどうしようもない部分もあります。音の長さくらいはそろえることができても、表情、音色まではなかなか。

ということで、最低限、バロック音楽の命とも言うべきアーティキュレーションだけは、何とかそれらしくなってきました。それにビートでしょうか。しかし、ビートとはいっても、強さではなく長さで表現とか、色々細かい技術的な要求はあります。強拍はついつい力を入れて強い音で弾いてしまうのですが、そうではなく拍一杯まで長く弾くということのようです。

また、これはバロックかモダンかとは関係ないかもしれませんが、滑らかなボウイング、弓を返す時に音がブツぎれにならない、メッサ・ディ・ヴォーチェで音が減衰しても音が完全に切れて消えてしまってはならず、なめらかに次の音につながっていかなければならない。特に、次の小節のあたまの拍までタイでつながっている音などは、音が速く減衰しすぎてしかも弓を返す時に音が切れてしまうため、せっかくの効果、例えば不協和音とかがなくなってしまいます。バッハはそれが多いので、特に気を使います。

そして不均等、不均質な音。拍の表と裏を弾き分けることはもちろん、同じリズムが繰り返されれば毎回少しずつ弾き方が変わります。高田あずみさんが休みのときにかわりに面倒を見てくださった小田透さんは、「不平等社会はいいことだ」という表現で、この時代の演奏法について説明されていました。もちろん、へたくそで結果的に不均等不均質になるのではなく、コントロールされた音楽的な不均等、不均質さです。

このようにして考えていくと、当たり前のことではあるのですが、「ピリオド奏法」という特殊な奏法を勉強するというよりは、普通に音楽をする、音楽的な表現をするために必要とされるボウイングを鍛え、音程を合わせる、そういう地道なことの繰り返しであったような気がします。

果たしてその結果が皆さんにどのように評価されるかわかりませんが、ばらつきはあるものの、かなり意思統一されていますし、古楽器演奏のようなノリを味わっていただけるのではないかと思います。気分は「鈴木秀美」になりきっているチェリストとかもいますし。

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2008/09/02

OLYMPUS PCMレコーダーLS-10を買う

さんざん迷った挙句、ついにオリンパスのPCMレコーダーLS-10を買ってしまいました。

口コミサイトや何人もの店員、さらにオリンパスのコールセンターにまで話を聞いて、かなり二の足を踏んでしまいましたが、それでも、今週の土曜日にはなんとしても使いたかったので、思い切って買ってしまいました。これで、師匠とおそろいです。こんなところばかり見習って、師匠にあやかろうなどという甘い考えはよくないのかもしれませんが、いまさら練習したところで劇的に上達するわけでもなし、まして、家で練習する時間など全くないわけで、せめてこんなところくらい・・・というのが正直なところです。

購入を決めるに当たってネックになった、または迷ったのが、

・内蔵マイクの性能がソニーのものより落ちる

・オリンパスはオーディオメーカーではなく、ICレコーダーから来ているので実績がなく不安

・PCM録音のファイルサイズ(WAV)上限が2GBに制限されており、最も音質の高い録音方法では55分しか持たない。しかも、ファイルを切り替えての連続録音ができない。つまり、55分以上の曲は録音できないということ。長めのシンフォニーやミサ、受難曲、そして長めのコンサートでは、ファイルサイズが2GBを超えないよう途中で一度録音を切って再びスイッチを入れなおさないとならない。

最後のが最大のネックでした。こういうところに、オーディオメーカーではない悲しさがあるのでしょうか?

一方、ライバルのソニー機は、

・内蔵メモリーは4GBあるものの増設が4GBまでしか積めない

・大きくて重い

・電池を4個使う(LS-10は2個)

・MP3やWMA形式で録音できない

本番だけ録音するのに使うのにはいいかもしれませんが、普段の練習の時に持ち運びが重くてしかもMP3が使えないので、あっという間にメモリーを食ってしまうというのは困り者です。

結局、音質は外付けマイクを使うからいいや、やはり普段から使えないのはつらい、ということで、あきらめてLS-10にしたわけです。どんどん使って元を早く取って、ファイルサイズの制限で迷わないような性能の新製品に買い換えた方がいいと思ったのです。

とにかく、土曜日に使ってみます。

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2008/09/01

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(3)~道具

演奏会まであと6日。最後の練習も終わりました。福沢宏さんがチェンバロの調律にわざわざいらっしゃるなど、いよいよ本番ムードがただよい盛り上がってきました。

MBAのメンバーは、基本的には、古楽器によるバロック音楽の演奏に魅せられた人達が多いようです。BCJなど古楽器の生演奏もよく聞きにいらしています。そういうこともあって、古楽器演奏を主義主張、イデオロギー的(作曲された当時の楽器で演奏すべき、といった)にはとらえていないように思えます。「べき」論ではなく、とにかくその魅力に取りつかれているのです、そして自分たちでもあのように演奏したいと思っている、そういう純粋な気持ちです。

そして、今自分が使える、よりよい結果が得られる道具を使って、できうる限りのことをやります。バロックボウを持っている人で、その方がよりよい表現できると思う人はバロックボウを使うし、持っていてもあえてモダンボウを使う人もいる。求められる表現方法は、古楽器で使っている方法論そのものなので、普通に考えればバロックボウの方が弾きやすいことは明らか。高田あずみさんも、バロックボウを持っているならそれを使ってもいいとおっしゃいます。メンバーも、どちらを使うのがいいか、色々試してみています。いくつかの選択の際の判断基準はありますが、大きく言えば、「バロックボウを使いこなすことができるか」「楽器を十分に鳴らすことができるか」の2点をクリアできていれば、バロックボウを選択、そうでなければモダンボウ、ということになりそうな感じです。バロックボウを使いこなすというのはそう簡単なことではありません。慣れれば弾きやすいですが、バランスをうまく取れずにばたついてしまうとか、力の加減が難しいとか、色々大変なことはあります。

さて、品質のいいモダン楽器と質の悪い古楽器、果たしてどちらを選ぶべきか。当然、前者の方が手に入りやすい。アマチュアはもちろん、プロですらいい古楽器の入手は大変です。もちろん、ガット弦を張った古楽器でなければ出せない味わいというのは、たとえ悪い楽器といえどもある程度はあります。しかし、正直悪い楽器ではまともな音楽はできません。ましてプロであればそうです。そういう意味では、もし今もっているモダン楽器が、お金さえ出せば今すぐ手に入れられる可能性がある古楽器よりも質が高いものであったなら、モダン楽器のほうがいい音楽、表現ができる可能性は大いにあります。

今回、高田あずみさんが弾くモダン楽器がどんな楽器なのかはわかりませんが、さすがに音の通りといい音色の多彩さといい、楽団員が使っている楽器とはまるで別世界のものです。ちょっとしたところでも本当に色々な表情をつけられます。しかもどの音も自然でのびのびしていてわざとらしさがありません。古楽器の響きとは別物ではありますが、とても魅力的です。アマチュアではたった一つの音ですら真似することができない領域です。この演奏を聴いたら、きっと、「古楽器かモダン楽器か」というある種のイデオロギー的論争に、一つの解を示すことになるのではないかと思います。

果たして本番ではどういう弓を使うのか、これも楽しみの一つです。

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2008/08/27

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(2)~ピリオド奏法は「普通の弾き方」

あらかじめおことわりしておきますが、高田あずみさんから「ピリオド奏法」という言葉を聞いたことがありません。ほかの古楽器奏者からも同様です。意識して使わないのか、それとも特別な名前など必要ないようなあたりまえの「普通の」奏法という意識なのか。一方で、「巨匠弾き」という言葉は聞いたことがあります。一般に「普通の奏法」といわれる奏法が「巨匠弾き」で、いわゆる「ピリオド奏法」というのは、ことバッハをはじめとするバロックや古典派を演奏する場合には「普通の奏法」ということになるのでしょうか。

たとえば、「弦」といえば、裸のガット弦を指し、巻き線ガットやスチール弦は特殊なものということで、わざわざスチールとか巻き線というようなのも同じような感覚でしょうか。19世紀終わりまでは実際そうだったわけですし。

ということもあってかどうかはわかりませんが、MBAの人たちも「ピリオド奏法」という言葉は使っていないようです。むしろ、「普通に弾けばいいんだよ」といわれて、「普通に弾くのが難しいので、普通に弾けるように練習している」という言葉が返ってきます。つまり、いわゆるピリオド奏法というのは特別な弾き方ではなく普通の弾き方という意識のようです。彼ら、彼女らからすれば、むしろ、古い音楽を演奏する上では、巨匠弾きこそが特別な奏法といえましょう。一般の人は「普通の奏法」を知らずに巨匠弾きしか知らないので、それを普通と思い込まされているだけなのです。そうした意識を持つことからすべてがはじまるといっても過言ではありません。巨匠弾きの縛りから解き放たれるのです。均等均質がよしとされる世界から解放されるのです。そうやって真っ白な意識からスタートする。鈴木秀美さんがおっしゃったそうですが、「学校などで今まで習ってきたことと逆のことをやりなさい」。そのくらいのことを言わないと、巨匠弾きの縛りからは解放されない。

実際にMBAの人たちを見ても、巨匠弾きにこだわるのをやめ解き放たれた人は、上達、習得が早いですし、そうでない人はなかなかかわりません。

こういうことを前提に、これからのことを読み解いていただければと思います。

次回からはいよいよ、練習風景です。

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2008/08/23

高田あずみとアマチュア、ピリオド奏法への挑戦(1)

バッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカのコンサートミストレスである高田あずみさん、いうまでもなく、モダンヴァイオリンでも、ジュネーブ国際音楽コンクール最高位、昨年まで日本音楽コンクール審査員を務めるなど、実力者。もちろん、モダンヴァイオリンでいわゆるピリオド奏法をやっても、にわか仕立ての人達とはモノが違います。そんな高田あずみさんが、なんと、アマチュアモダン団体と共演して、ピリオド奏法に挑戦しています。

以前にも何度も書きましたが、そこそこの実力のあるプロでも、意外と高度なボウイングテクニックが必要なピリオド奏法がそう簡単にできるわけではありません。まして、アマチュアにはほとんど不可能に近いほど難しい。どうしても中途半端な取り組みに終わってしまいます。そんな困難にあえて挑戦する団体。

その名も『MBA』、経営学修士たちの集まり、ではありません(最初はそう思ったのですが・・・)。マーキュリー・バッハ・アカデミーの略称だそうです。「アカデミー」などとちょっと研究色が見られる名前ですが、どうなのでしょう?

そんな高田あずみさんとMBAたちが2008年9月6日に研究の成果を披露すべく演奏会を開きます。いまその練習の真っ只中。私も興味があって、練習に極秘潜伏して取材してきました。その様子を何度かにわたりお伝えします。

まずは、演奏会のご紹介から

マーキュリー・バッハ・アカデミー第6回演奏会
客演 バイオリン:高田あずみチェンバロ:副嶋恭子
日時:2008年9月6日(土) 14時30分開場 15時開演
場所:
カトリック高円寺教会
曲目:<オープニングファンファーレ>
G.ガブリエリ  第12施法によるカンツォン/第7施法によるカンツォン
G.P.テレマン  「食卓の音楽」より フルート、オーボエ、バイオリンと通奏低音のための四重奏曲 ト長調
J.F.ファッシュ  2本のオーボエ、ファゴットと通奏低音のためのソナタ ニ短調
G.P.テレマン  トランペット協奏曲(原曲:オーボエ協奏曲) ホ短調
G.F.ヘンデル  合奏協奏曲 作品6-1 ト長調
           (ヴァイオリン:高田あずみ他)
J.S.バッハ    ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049
                   (ヴァイオリン:高田あずみ他)

チラシをダウンロード(PDF)

開場のカトリック高円寺教会は、区内でも由緒ある教会の一つ。

白い建物が素敵です。ステンドグラスが聖書の教えを表しています。

Img_2806a

次回から練習風景をお伝えします。

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2008/08/17

OLYMPUS PCMレコーダーとステレオマイクAT822

いま、ある本番の練習をしているのですが、そこで、師匠がOLYMPUSのリニアPCMレコーダーLS-10で録音して反省するとよい、とのことで、購入を検討中(あれほどの名手でも練習のあとは反省するそうです!)。現在は、RolandのR-09(赤い録音機)にAudio-technicaのワンポイントステレオマイクAT822をつけてMP3で録っていますが、果たしてどの程度のメリットがあるのか。R-09は当時としては画期的だったものの、ノイズが多いとかで、いまとなっては評判イマイチ。とはいえ、この程度のマイクで果たして買い換えるだけの効果があるのでしょうか?

買い替え効果があるとすれば、リモコン操作ができること。でも、師匠も同じ機種を使っているので混戦して師匠に迷惑をかけないか。。

ノイズは、そもそも自分自身の音がノイズのようなものだし・・・・。

では、仮に、マイクももっといいものにしたらどうか。でも調べてもワンポイントステレオマイクというとこのクラスしかなく、さりとて練習の都度大げさな録音機材を持ち歩くわけにはいかず。やはり、AT822のようなワンポイントステレオマイクが一番使えそう。

師匠の楽器を譲り受け、師匠と同じVnケースを買い(ただし恐れ多いので色は変えましたが)、そして今度は師匠と同じ録音機に手を出そうとしている。。。

でも、肝心の腕前、音色だけは一瞬たりとも真似できないし遠く及ばない。本当はそういうところを真似られればよいのだけど。

もし、このブログをお読みの方で、Audioに詳しい方がいらっしゃれば、この組み合わせでの買い替えの必要があるのかどうかアドバイスをいただければと思います。

さて、このコンサートについては、後日シリーズで。

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2008/08/07

鈴木秀美「ファミコン」は初期バロックシリーズ

「夏休みファミリーコンサート」

出演:鈴木美登里、若松夏美、荒木優子、鈴木秀美、上尾直毅

曲目:

(前半)

A.チーマ カプリチオ、G.P.チーマ 三声のソナタ、D.ガブリエリ ソナタ(チェロ)、G.F.ヘンデル わが運命に涙して、A.ヴィヴァルディ ラ・フォリア

(後半)

G.フレスコバルディ そよ風吹けば、ジャン・バプティスト ミュゼットとVnのデュエット、ヘンデル 調子のいい鍛冶屋、B.バルトーク Vnのためのデュエット、T.メールラ チャッコーナ、A.ファルコニエーリ チャッコーナ、金髪のかわいいお嬢さん

果たしてこれが「ファミリーコンサート」の曲目なのでしょうか?なんとマニアックな!!!

でも、お母さんたちには大ウケ。子供たちは太鼓(あの鈴木美登里さんがたたいた!)とミュゼットに大喜び。どちらかというと、子供向けというよりは、普段コンサートに来られないお母さん向けという感じ。

演奏はさすがにこのメンバーだけあって、超一級品。二日続けて古楽器演奏のもっともすばらしいところを聞かせてもらいました。しかも大好きな初期バロックだし。チーマが二人いるとは全く知らず。A.チーマは初耳です。G.P.チーマは、古楽オタクの間ではブリュッヘンやアラリウスアンサンブルの演奏などでかなり有名ですが、一般にはほとんど知られていない。「G.Pの方が有名です」と説明されていましたが、ほとんどの人には「そういわれても・・・」という感じだったでしょう。

この日一番面白かったのは、ミュゼット&Vnのデュエットとバルトーク。バルトークは弓こそ比較的新しいタイプですけど、楽器はバロック。それで演奏。なかなか刺激的で面白かった。そして、ミュゼットは、こんなの家で練習していたら近所からどんな風に思われるんだろうな?などとどうでもいいこと考えながら楽しませてもらいました。

終演後は、CDも売れるし、サインも求められるし、ということで大忙し。お母様方にはとても楽しいコンサートだったようです。

ステージ上も客席もファミリーだらけ、などという声も聞かれましたが、本当に二日続けて得した気分。贅沢三昧させてもらいました。

これで古楽の演奏会もしばらく夏休み。今度は自分の練習だ。

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2008/08/04

夏休み、鈴木秀美祭!

真夏は古楽の演奏会は休み、というのが世間相場ですが、今年は鈴木秀美さんのコンサートが目白押し。中でも、関東在住の方に注目されているのが、8月6日、7日のコンサート。

まず、8月6日(水)

トリオ三昧
~よーぜふ・はいどん フルート・ヴァイオリン・チェロのための6曲のトリオ Hob. IV-6-11~
  菅きよみ・若松夏美・鈴木秀美
  6日(水) 12:30、19:00 東京:近江楽堂
  料金:昼の部 大人3,000円 小学生・未就学児1,000円/夜の部 一律4,000円

http://www.hdm-olc.com/hdm/schedule/index.html

これは、CDにはなっていたものの、コンサートが開かれていないという幻の演奏。今年3月のリベラ倶楽部の宴会で演奏されたものの、なんと遅刻してしまい、人生最大の深くの一つになってしまったという私にとってはいわく因縁付の曲目。そのときにこの演奏会のことを聞いて、ホッと胸をなでおろした記憶があります。

今回も、チラシはろくすっぽ配らず、宣伝もせず、チケットも作らず、ただただ古楽ファンの第六感に頼って集客しようという大胆な試み。前回は残念ながら集客失敗でしたが、今回は真夏のコンサートということで、どうなることやら。。。

翌日の8月7日(木)には

夏休みファミリーコンサート (バロック音楽の演奏とお話)
   鈴木美登里(Sop)、若松夏美(Vn)、荒木優子(Vn)、鈴木秀美(Vc)、上尾直毅(Cem&Musette)
  7日(木) 14:30 東京:
杉並公会堂小ホール
  料金:大人2,500円、(静かに出来る)小学生未就学児:500円

http://www.hdm-olc.com/hdm/schedule/index.html

これまたほとんど宣伝していなくて大丈夫かと心配になってしまうコンサート。しかも平日昼間だし。でも、このメンバーを見たら仕事を休んででも行きたくなってしまう。秀美さんと美登里さんの夫婦演奏も聞けるし。「ファミリーコンサート」といいながら、オジサンばかりになってしまうのではないかという不安も。

ということで、今週は、鈴木秀美さんから目が離せません。少々マニアックではありますが、是非近江樂堂、杉並公会堂に押しかけましょう!

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2008/07/20

チェンバロ運送の実態

最近、あるチェンバロ製作家が自分の楽器を壊されたということで、アマオケを訴えたという記事がネット上で話題のようですが、この前代未聞の出来事を理解する助けになるよう、私の経験の範囲内でチェンバロ運送について書いてみようと思います。ちなみに、私も20年以上前から自分たちの演奏会やプロの演奏会などで専門家の指導の下チェンバロ輸送は経験しているので、一般アマオケの方がちょっと手伝うのとはわけが違います(最近は腰の調子がイマイチなので、あまり手伝いませんが)。

多くのチェンバロ奏者は、会場に自分の楽器を持ち込むか、レンタルします。ピアノと違っていい楽器が会場にあることは極めて珍しいです。BCJでも持ち込みです。ちょっと反ってしまったような黒い楽器は、鈴木雅明さんご自身の楽器です。海外から来日した演奏者の場合には、まず間違いなくレンタルです。

レンタルの場合、個人(例えば演奏家やいい楽器を持っているアマチュア)から借りるケース、レンタル業者から借りるケース、楽器製作者から借りるケースがあります。レンタル業者は、楽器屋と調律師のいずれかの場合が多いようです。レンタル業者や楽器製作者のケースには、貸主自身が車に積んで楽器を運び込む場合が多いと思います。

自分の楽器のケースには、自分で運び込むか、調律師で運送をやってくれる人に頼むということになるようです。女性チェンバリストの場合には自分で運ぶのは無理なので、調律師とかに頼まざるを得ないでしょう。個人から借りる場合には、貸主か調律師。ピアノのような「運送専門業者」というのは実はいませんし、ピアノ運送会社ではチェンバロは運べないでしょう。ここは、報道などでちょっと誤解されているみたいです。

チェンバロは、大きな楽器ではありますが、中は空洞ですし、現代ピアノのように金属のフレームもありませんから、意外と軽く、慣れていれば2人でも運べます。誘導を考えると3人が理想ですが。運ぶコツは、持つ場所とバランスです。そして狭い階段やエレベータで運ぶ時には、考えられないような向きで楽器を運びます。本格的コンサート会場ではまずそういうことはないですが、そうではない一般のビルの狭いエレベータにチェンバロを入れるときのことを想像してみてください。普通の向きでは無理ですよね。楽器のためにはよくないのですが、やむを得ません。

チェンバロは多くの場合、本体と脚が分かれます。脚が本体へのねじ込み式になっている場合もあれば、脚は脚で独立した台になっており、その上に本体を乗せるだけということもあります。いずれの場合でも、脚ははずして分解して運びます。

さて、車から会場までは、手で運ぶケースと折りたたみ式台車に乗せて運ぶケースがあります。多くの場合、比較的広く平らな場所では台車に載せ、そうでないところは手で持っていくということになると思います。台車に乗せる向きは、通る場所によってケースバイケースです。台車に乗せたときには、小さな段差とかに要注意。そこを通る時だけ、ちょっと持ち上げて、振動が直接楽器に伝わらないようにします。

ステージ上では台車に乗せたまま、まず、脚を組み立てます。それから楽器を台車から下ろして脚の上に楽器を載せます。ねじ込み式の場合には、台車の上で脚を取り付けて台車から下ろします。脚を組み立てるのも慣れていないと間違いやすいです。

そうしてから、楽器を所定の位置に移動し、調律を開始することになります。

運送中は、それぞれお手製のカバーや毛布でくるんで運びます。その他、ゴムチューブとか、それぞれ工夫を凝らした小道具を使います。とにかく、ぶつけたり振動を与えたりはご法度ですから、慎重にやります。階段が途中で曲がっている時などは特に注意です。階段を上る時には、鍵盤側を下にした方がよさそうです。鍵盤側に一人ないしは二人、先の方に一人+理想を言えば誘導員兼途中交代要員。交代要員は、疲れるというのもありますが、リレーしないと通れないところがあるということもありますし、エレベータを呼んだりドアを開けたりということも必要。

シロウトさんたちは、しばしば大人数で運ぼうとしますが、これではバランスをとるのが難しくなります。手伝ってくれるのはありがたいのですが、慣れてない人だとかえって足手まといになったり、変なところを持って楽器を傷めてしまったり、注意深さが足りなかったり、ということもあります。小さなコンサート会場でチェンバロ輸送風景を見ても、シロウトは安易に手伝おうとしないことをオススメします。でないと、今回のような裁判沙汰にもなりかねません。

我々のような熟練運送者でも、決して専門家の指示なく動くことはしません。必ず専門家も一緒に運ぶか、そばにいて、細かな指示を出します。持つ場所はもちろん、台車への置き方、階段を上るスピード、分解した脚の毛布でのくるみ方、ねじの保管方法など、すべての点において指示を出し、また我々もその指示に忠実に従います。わからなければ聞きます。もし勝手に動いて、楽器を傷めてしまったら大変なことになるからです。それでも、指示しきれない部分はありますし、経験がものをいう世界ではあります。

さて、使える楽器が複数ある場合、お値段やタイプによって選ぶのが一般的ですが、借りるのがシロウトの場合、あまりいい楽器は貸し出さないということもありますし、運送が大変で楽器に余りよくないようなケースでも同様です。シロウト向けには、少々傷がついても大丈夫な楽器しか貸さないとか、そういうことです。運送もそうですが、変な弾き方をされるとタッチがおかしくなったりしますし。鈴木雅明さんも2種類のフレミッシュタイプのクロスベルヘンをもっていますが、ソロを弾くとかここぞというときは、あの反った楽器を登場させているようです。あの状態だからさぞかし扱いが難しいと思いますが、やはり音がいいので、専門家に頼んで運んでもらうようです。

報道で見る限り、そんなに大切な楽器なら、なぜシロウトに手伝わせたのか。楽器のそばにいてまたは一緒に運んで、要所できちっと指示を出していたのか?チェンバロ運送の経験からはまず考えられない、わからないことだらけです。だいたい、これだけ無茶な運送をあちらこちらでしていても、楽器が壊れて使い物にならなくなったという話は、ほとんど聞いたことがないのです。海上クルージングで湿気が多くて大変だったとか、ジャックが壊れた、つめが割れた、弦が切れたという程度です。楽器が反ったとか、響板にひびが入ったとかいうことはありますが、国内での日常的な輸送中ではないです。あるとすれば、海外から輸入する時でしょうか。雅明さんの楽器のようにあんな反り方でも楽器としてはちゃんとしていますし。台車から楽器を落としたなどというのはまずないでしょう。

いくら楽器を弾くからといって、普通のアマオケ、市民オケメンバーにチェンバロ運送を手伝わせるのはあまりに危険。もし、やむを得ず手伝わせるとしても、相当細かい指示と慎重な対応が必要。また、アマオケメンバーも、安易に手伝おうとしないこと。指示を受けて運ぶこと。

壊れた楽器はとてもいい楽器だったそうです。それだけに、壊れてしまったことは返す返すも残念。裁判で勝ってもその楽器が戻ってくるわけではない。壊れないように、何か打つ手はなかったのか。。。

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2008/06/23

スパッラ師弟対決!「四季」~(2)ダン・ラウリン

スパッラ師弟対決第2弾は、6月10日に行われたリコーダーのダン・ラウリン率いる合奏団。メインは、リコーダーソロの協奏曲。中でも目玉は、c-mollのリコーダー協奏曲とヴィヴァルディの「四季」の「春」「夏」のソロパートをリコーダー用に編曲して演奏しようというもの。

リコーダーのダン・ラウリンは、いうまでもなくBCJとの共演、そして鈴木兄弟と録音したヘンデルのリコーダーソナタで我が国でもおなじみですが、今回は、BCJとのからみはなし。技巧の限りを尽くしてしかも大胆な装飾、解釈。コンサート全体が彼の「世界」そのものでした。

確かに猛烈な特殊技巧を駆使してそれなりに面白かったですが、私はVn弾きなので、やはりVnでの演奏のほうに魅力を感じてしまいます。

そんな中で、スパッラの父ディマのスパッラ・ソロは、ひときわ目立ちました。

思ったのは、スパッラって、弦楽器でありながらまるでファゴットのような音がするなということ。もう少し言えば、ファゴットとチェロの音が混じったような音。

スパッラに関して言えば、正直、師匠より「父」の方が