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2012/05/20

ヨハネに悩める7~第1曲(4)

先に進んだつもりが、また第1曲に戻ってしまいました。

管楽器の役割。「三位一体説」からすると、このパートは子たるイエス・キリストをあらわしており、その不協和音は十字架上でのイエス・キリストの苦しい様子をあらわしているとのこと。確かにそういわれればそんな雰囲気はあります。とりわけ、2つのパートが2度でぶつかるところは、イエス・キリストが突き刺される様子であると同時に、聞き手である我々の心をも突き刺すかのごとき音です。

最初は、2ndがd、1stがesの2度、次は1stがg、2ndがas、次は再び2ndがd、1stがes・・・。しかし、常に不協和音が響いているわけではなく、一度解決してから再び不協和音。当時の考え方からすると、不協和音は緊張、協和音は弛緩であり、音楽は緊張と弛緩の繰り返しでできているとも言われます。弛緩があるから緊張がより効果的になる。しかも、1stと2ndの掛け合いで。

こういう場合の弾き方・吹き方には定石があります。上記のようなバロック時代の作曲原理とそれにふさわしい演奏習慣の組み合わせによって、作曲家の意図した効果を得ることができる。誤解を恐れずにわかりやすく言えば、不協和音は緊張感を持って強く、協和音は穏やかに、ということになりますが、先に出たほうは音がぶつかるところで弱くならず緊張感を保つ。あとから出る方は、前に出ていた音に思い切りぶつけるつもりで弾く。そして解決音に向け徐々に緩んでいく。こうしていくと、まるで波のように緊張が押し寄せては引いていくように聞こえます。

一方、弦楽器とバスは、この動きに付き合って緊張と弛緩を繰り返すべきなのか、それともそういう動きには付き合わないのか。そこは演奏解釈の余地があるように思えます。特にバスは、ずっと同じ音を弾き続けているわけですが、それを何物にも動じないがごとく弾くか、管楽器に合わせて弛緩と緊張を繰り返すのか。個人的には前者のように思えます。第4稿ではコントラファゴットが加えられているように、バスはものすごく厚い編成になっています。このことからも読み取れることはあるでしょう。三位一体説では、バスは父たる神を表すということになりますが、当時のルター派では、父たる神のイメージはどんなだったのか、可能であれば調べてみたいと思います。

バッハといえば、対位法の大家のイメージが強いですが、和声の使い方についてもかなり効果的に大胆なことをやっています。この合唱しかり、コラールしかり、Reciしかり。「音型」だけでなく、「和声」にも注目して、この先に進んでみようと思います。(つづく)

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