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2009/03/13

インマゼールの「The Seven Last Words」

今日は、フォルテピアノのインマゼールのハイドンプロを聞く。前半はピアノソナタ。そして後半は「7words」のピアノ編曲版という珍しくも魅力的なプログラム。

ピアノソナタもよかったが、やはり圧巻は「7Words」なので、そちらのことを書こうかと。

このピアノ編曲版は、ハイドン自身によるものではなく、ハイドン承認のもとで別の人がやったらしい。もともとはオーケストラ版、ついで弦楽四重奏版、そしてオラトリオ版への編曲がハイドン自身によって行われているが、恐らくピアノ版はこのいずれよりも制約が大きく、出せる音の数も限られている。しかし、それだけに想像力をかきたてることはできる。ピアノが弾く音の多くはオーケストラの音であり、合唱パートの多くは「暗示」になってしまい、和声の中から聞き取るしかない。また、合唱が入るところとオケだけが合いの手をやっているようなところを聞き分ける。一方、ソロ歌手パートはちゃんと弾いている。

そして、元々歌はついていないにもかかわらず、極めて声楽的でミサによくでてくるようなメロディーが聞こえてくる。まるで、ミサの中から遅い楽章だけ引っ張ってきたような感じ。Kyrieからはじまり、Qui tollis、Crutifux、Benedeictus、Agnus Deiだけを並べたような。実際に、これらの歌詞をつけても十分歌えそうである。実際にはドイツ語版の「7Words」が歌われるのであるが。ちょうど、バッハのマタイ受難曲やヨハネ受難曲の歌詞とも一部共通である。そういえば、バッハのドイツ語カンタータがラテン語ミサ(小ミサ)に編曲された例もある。ロンドンシンフォニーの中でも「Agnus Dei」を歌えそうな曲があるくらいだから、「7Words」にミサの歌詞をつけて歌ってもおかしくないと思う。しかも、意味合い的にも何となく対応するような気がする。

などということを考えながら聞くとおもしろい。「空耳アワー」の世界なのかもしれないが、実際にハイドンのミサを何曲か演奏していると、似たようなメロディーやオケの音型がたくさんでてくるので、ついついそう感じてしまうのである。

逆に、こうやってオケの部分だけ取り出して聞いて見ると、いつも冷や汗かきながら大変な思いをして弾いているオケのパートもそれなりに意味があるんだなと感じる。

そんなどうでもいいことはともかく、インマゼールの手にかかり、この曲の実に深い世界を垣間見ることができたような気がする。どっぷりと引き込まれてしまった。ピアノだけなのに、まるで合唱つきフルオケを聞いているよう。すばらしかった。感動した。

そして、この日使われたフォルテピアノは、かつて故小島芳子さんが弾いていたもの。やはり名手にかかると楽器の鳴りが違う。楽器も小島さんも喜んでいるだろう。コンサートの最後にインマゼールが、楽器を優しくなでてねぎらっていたのが印象的。小島さんのご両親も感激。そういえば、小島さんもハイドンは得意としており、DENONだけでなく他にもハイドンのソナタを入れている。インマゼールとはタイプは違うが、もしご存命であれば、きっと歯切れよく優しい演奏を聞かせてくれただろう。フォルテピアノの演奏会は、私にとっては、演奏そのものを楽しむと共に、小島さんを思い出す場でもある。

当日予約だったが、一番好きな席が取れたし、演奏はすばらしかったし、曲は最高に面白かったし、久々に余韻に浸って家路についた。

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