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2008/07/20

チェンバロ運送の実態

最近、あるチェンバロ製作家が自分の楽器を壊されたということで、アマオケを訴えたという記事がネット上で話題のようですが、この前代未聞の出来事を理解する助けになるよう、私の経験の範囲内でチェンバロ運送について書いてみようと思います。ちなみに、私も20年以上前から自分たちの演奏会やプロの演奏会などで専門家の指導の下チェンバロ輸送は経験しているので、一般アマオケの方がちょっと手伝うのとはわけが違います(最近は腰の調子がイマイチなので、あまり手伝いませんが)。

多くのチェンバロ奏者は、会場に自分の楽器を持ち込むか、レンタルします。ピアノと違っていい楽器が会場にあることは極めて珍しいです。BCJでも持ち込みです。ちょっと反ってしまったような黒い楽器は、鈴木雅明さんご自身の楽器です。海外から来日した演奏者の場合には、まず間違いなくレンタルです。

レンタルの場合、個人(例えば演奏家やいい楽器を持っているアマチュア)から借りるケース、レンタル業者から借りるケース、楽器製作者から借りるケースがあります。レンタル業者は、楽器屋と調律師のいずれかの場合が多いようです。レンタル業者や楽器製作者のケースには、貸主自身が車に積んで楽器を運び込む場合が多いと思います。

自分の楽器のケースには、自分で運び込むか、調律師で運送をやってくれる人に頼むということになるようです。女性チェンバリストの場合には自分で運ぶのは無理なので、調律師とかに頼まざるを得ないでしょう。個人から借りる場合には、貸主か調律師。ピアノのような「運送専門業者」というのは実はいませんし、ピアノ運送会社ではチェンバロは運べないでしょう。ここは、報道などでちょっと誤解されているみたいです。

チェンバロは、大きな楽器ではありますが、中は空洞ですし、現代ピアノのように金属のフレームもありませんから、意外と軽く、慣れていれば2人でも運べます。誘導を考えると3人が理想ですが。運ぶコツは、持つ場所とバランスです。そして狭い階段やエレベータで運ぶ時には、考えられないような向きで楽器を運びます。本格的コンサート会場ではまずそういうことはないですが、そうではない一般のビルの狭いエレベータにチェンバロを入れるときのことを想像してみてください。普通の向きでは無理ですよね。楽器のためにはよくないのですが、やむを得ません。

チェンバロは多くの場合、本体と脚が分かれます。脚が本体へのねじ込み式になっている場合もあれば、脚は脚で独立した台になっており、その上に本体を乗せるだけということもあります。いずれの場合でも、脚ははずして分解して運びます。

さて、車から会場までは、手で運ぶケースと折りたたみ式台車に乗せて運ぶケースがあります。多くの場合、比較的広く平らな場所では台車に載せ、そうでないところは手で持っていくということになると思います。台車に乗せる向きは、通る場所によってケースバイケースです。台車に乗せたときには、小さな段差とかに要注意。そこを通る時だけ、ちょっと持ち上げて、振動が直接楽器に伝わらないようにします。

ステージ上では台車に乗せたまま、まず、脚を組み立てます。それから楽器を台車から下ろして脚の上に楽器を載せます。ねじ込み式の場合には、台車の上で脚を取り付けて台車から下ろします。脚を組み立てるのも慣れていないと間違いやすいです。

そうしてから、楽器を所定の位置に移動し、調律を開始することになります。

運送中は、それぞれお手製のカバーや毛布でくるんで運びます。その他、ゴムチューブとか、それぞれ工夫を凝らした小道具を使います。とにかく、ぶつけたり振動を与えたりはご法度ですから、慎重にやります。階段が途中で曲がっている時などは特に注意です。階段を上る時には、鍵盤側を下にした方がよさそうです。鍵盤側に一人ないしは二人、先の方に一人+理想を言えば誘導員兼途中交代要員。交代要員は、疲れるというのもありますが、リレーしないと通れないところがあるということもありますし、エレベータを呼んだりドアを開けたりということも必要。

シロウトさんたちは、しばしば大人数で運ぼうとしますが、これではバランスをとるのが難しくなります。手伝ってくれるのはありがたいのですが、慣れてない人だとかえって足手まといになったり、変なところを持って楽器を傷めてしまったり、注意深さが足りなかったり、ということもあります。小さなコンサート会場でチェンバロ輸送風景を見ても、シロウトは安易に手伝おうとしないことをオススメします。でないと、今回のような裁判沙汰にもなりかねません。

我々のような熟練運送者でも、決して専門家の指示なく動くことはしません。必ず専門家も一緒に運ぶか、そばにいて、細かな指示を出します。持つ場所はもちろん、台車への置き方、階段を上るスピード、分解した脚の毛布でのくるみ方、ねじの保管方法など、すべての点において指示を出し、また我々もその指示に忠実に従います。わからなければ聞きます。もし勝手に動いて、楽器を傷めてしまったら大変なことになるからです。それでも、指示しきれない部分はありますし、経験がものをいう世界ではあります。

さて、使える楽器が複数ある場合、お値段やタイプによって選ぶのが一般的ですが、借りるのがシロウトの場合、あまりいい楽器は貸し出さないということもありますし、運送が大変で楽器に余りよくないようなケースでも同様です。シロウト向けには、少々傷がついても大丈夫な楽器しか貸さないとか、そういうことです。運送もそうですが、変な弾き方をされるとタッチがおかしくなったりしますし。鈴木雅明さんも2種類のフレミッシュタイプのクロスベルヘンをもっていますが、ソロを弾くとかここぞというときは、あの反った楽器を登場させているようです。あの状態だからさぞかし扱いが難しいと思いますが、やはり音がいいので、専門家に頼んで運んでもらうようです。

報道で見る限り、そんなに大切な楽器なら、なぜシロウトに手伝わせたのか。楽器のそばにいてまたは一緒に運んで、要所できちっと指示を出していたのか?チェンバロ運送の経験からはまず考えられない、わからないことだらけです。だいたい、これだけ無茶な運送をあちらこちらでしていても、楽器が壊れて使い物にならなくなったという話は、ほとんど聞いたことがないのです。海上クルージングで湿気が多くて大変だったとか、ジャックが壊れた、つめが割れた、弦が切れたという程度です。楽器が反ったとか、響板にひびが入ったとかいうことはありますが、国内での日常的な輸送中ではないです。あるとすれば、海外から輸入する時でしょうか。雅明さんの楽器のようにあんな反り方でも楽器としてはちゃんとしていますし。台車から楽器を落としたなどというのはまずないでしょう。

いくら楽器を弾くからといって、普通のアマオケ、市民オケメンバーにチェンバロ運送を手伝わせるのはあまりに危険。もし、やむを得ず手伝わせるとしても、相当細かい指示と慎重な対応が必要。また、アマオケメンバーも、安易に手伝おうとしないこと。指示を受けて運ぶこと。

壊れた楽器はとてもいい楽器だったそうです。それだけに、壊れてしまったことは返す返すも残念。裁判で勝ってもその楽器が戻ってくるわけではない。壊れないように、何か打つ手はなかったのか。。。

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