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2008/01/12

不覚にも・・・鈴木秀美の「英雄」

不覚にも涙を流してしまった・・・。

こんなはずじゃなかった。いかに鈴木秀美指揮とはいえ、まさか生粋の古楽マニアで古楽器奏者である自分が、こともあろうにモダン楽器オケで目頭が熱くなり、涙がまぶたにあふれることになろうとは。

「英雄」のいわゆる葬送行進曲。もう何度も聴いた曲。しかし、これほど心を動かされ、震えが来たことはなかった。この感覚は、Mozartのレクイエムの「ラクリモザ」に通じるものがあるようにも思える。ティンパニが同じ音をたたき続ける。まさに葬送の鐘のよう。途中で出てくる対位法的な部分。これが何を意味するのか。対位法であること自体に何か意味があるのか。死者へのミサ(宗教曲)の当時の常識としての対位法の利用なのか。それとも、この楽章が、単に戦死した人の葬送ではなく、滅び行く栄光の文化、古きよき時代の文化、その象徴としての対位法への別れという意味での葬送なのか。いずれにせよ、さすが対位法を熟知する鈴木秀美らしい何か特別な意味、メッセージが込められているように感じました。

改めてこの曲を聴くと、本当にベートーヴェンは精神分裂症ではないかと思えるほど、全く異なる状態、その前からはありえない状態へ、次から次へと展開される。しかし、政治的にも音楽的にも激動のこの時代、ベートーヴェンから見れば、それはこの時代のありようそのものであったような気もしないでもない。英雄がナポレオンであったかどうかはともかく、古いものが崩れ新しいものが生まれ、摩擦で多くのものが破壊され、新たなものが生まれる。混乱、カオスのあとには平安が訪れる。しかしそれもつかの間で不安定。そしてそれは、アルプスの向こうからやってくる。ホルンの高らかな調べは、あたかもアルペンホルンのようでもあり、馬を駆る狩人のホルン、信号ラッパのようにも思える。英雄には、よく聴くとかなり手の込んだ対位法の使用がみられる。しかも、あえて古風な雰囲気を出しているようにも思える。そして対位法の部分は突然妨げられ、そして新しい様式、響きの音楽が展開される。まるで、古い時代の崩壊と新しい時代の到来を暗示しているかのよう。

時代背景があるだけに、当時の人は今日の我々以上にこの音楽を驚きをもって受け入れ、そして一方で時代の空気を感じ取りながら、単なる音楽としてだけでなく、もっと自分の人生にも関わるような現実的なものとして衝撃をもって迎えられたのではないかと思います。

この日の演奏はそんなことを感じさせました。

そしてやはりティンパニの圧倒的な存在感、多彩な表現力には改めて脱帽、ギブアップです。

オケも大健闘。OLCのメンバーからすればまだまだ指揮者の意図を読みきっていない、表現が不十分と思うようなところもあったのではないかとも思いますが、しかし、この何度も弾いたであろうこの曲を、これほど全身全霊を込めて弾いたことはそうはないのではないでしょうか。一人ひとりの演奏者の表情をみているだけでも、腕や音楽性に自信のあるメンバーたちにとっても意識を集中して自分のもっているものをすべて出し切っているんだな、もっといえば、気持ちが伝わってくる。気迫といおうか鬼気迫るものを感じる。コンサートが終わった後のステージ上での満足感、達成感、安堵感。それはこの演奏がいかにすさまじいものであったかを物語る。

一方、口調はともかく、鈴木秀美さんの音楽的要求は相当厳しかったのではないか、生半可な気持ちでは通用しなかったのではないか。技術的にはもちろん、音楽的にも今まで全くやったことのないような表現を要求されていたのではないか。

本当にメンバーの多くが充実したステージを満喫し楽しんでいたように思えます。実にすばらしい感動的な演奏であったと思います。

しかし、それでもなお、私はOLCでもう一度「英雄」を聞きたい。ピアニッシモの表現、音色の陰影や微妙な変化、子音、木管楽器セッションの完璧なハーモニー・・・など、古楽器でなければ、そしてOLCでなければできないこと、それがいかに多いか、彼らがいかに古典派の表現においてモダンオケの追随を許さない水準まで達しているか、それを改めて思い知りました。

OLCは、いま、大変難しい状況におかれているようです。是非、東京でも「英雄」を演奏してほしい。そのためには何が出来るか。まずは、2月21日に浜離宮朝日ホールに聴きに行くこと。私にできることは限られていますが、とにかくコンサートに行って演奏を聴くことからはじめたいと思います。

とりあえず、今日は今日で心から感謝の気持ちを述べたいと思います。

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コメント

同じく葬送行進曲で泣いてしまいました。第4楽章の中間部の加速は18世紀オケにいたから肌に染み付いていたのでしょうか?ハイドンでもモダン楽器としては相当な水準だったのではないでしょうか?こういう演奏が聴きたかった!!と心の底から思いました。もちろん古楽器だったらとは思いますが、モダン楽器でこれだけの演奏を聴かせてくれたので文句は言えません。
それにしてもマルテンさんは凄かったです!ニュアンス豊かでまさに歌うティンパニ!最高のコンサート初めになりました。

投稿: ハリー | 2008/01/13 00:04

私以外にもそういう方がいらしてくださってほっとしました。

マルテンさんは本当に神業です。デクレッシェンドやフレーズの終りの音の処理など、弦楽器やフォルテピアノ並みの繊細な処理です。実は、私の席はマルテンさんの真ん前で、一番よく見えるところ。音はもちろんよく聞こえましたが、バチさばきまでよく見えました。太鼓連打は、最初のロールのところとそれ以外でバチを変えていましたね。

ちょっとばかり残念だったのは1st Vnの音色がパート内であまりとけあっていなかったこと。弦楽器全体に工夫はずいぶんしていましたがそれでもやはり子音がはっきり聞こえないこと、とくに英雄の冒頭のような重音のところ(ティンパニにずいぶん助けられていた)。そしてピアニッシモはもっと小さくできないのかな・・・。とついつい「OLCだったらこうやるだろうに・・・」と思ってしまうのですね。それでも讃えられてしかるべきだと思いますね。

投稿: AH | 2008/01/13 00:18

初日では特に前半のハイドンで第1ヴァイオリンが音程の乱れなどがありました。あと、個人的に木管がもっと聴こえてもと思いましたが、全体の成果からすれば些細な事ですよね?秀美さんにはこのままチェンバー・オーケストラを指揮し続けて欲しいです。団員の表情を見ると3回目もありそうなので。
余談ですが、来年2月の新日本フィルにブリュッヘンが来て天地創造をやるみたいです。ソロは外人で合唱は栗友会です。

投稿: ハリー | 2008/01/13 17:48

些細といえるのかどうかは何ともいえませんが、やはり秀美さんは弦楽器奏者でありながら、管楽器のハーモニー、響きには相当気を使っていらっしゃるようなので、来年もやるのであれば(是非やってほしいですが!)、より高い次元に挑んでほしいですね。もっとも私の知人で普段普通のオケしか聴いていない人は、木管がすばらしかったと絶賛していましたし、私も個々の表現はかなりよかったなと思いましたので、一般的にみればかなりの出来だったといえると思います。

ブリュッヘンは本当に大丈夫か若干の心配はあります。新日フィルとは何度かやってきてずいぶんよくなっていますので期待できますが、栗友会が以前聞いたときの印象が極めて一般的な合唱の歌い方だったのがちょっと気になります。

投稿: AH | 2008/01/13 21:21

回数を重ねたらその分お互いの理解が増してより良い演奏が出来ますからね!是非とも来年もお願いしたいです。モダン楽器の英雄でまさか泣くとは思わなかったので。
ブリュッヘンは足が悪そうですね。まあ、あれだけ背が高かったら足が悪くなるのも仕方ないですが(笑)栗友会はヘレヴェッヘの第9で聴いた時にあまり良い印象が持てなかったので心配です。

投稿: ハリー | 2008/01/13 22:16

そう、ヘレヴェッヘの第9ですよ。思い出しました。まぁ、第9だからというのもあるのかもしれませんが・・・。

投稿: AH | 2008/01/13 23:00

お会いして話せないのが不思議な程同じコンサートに行ってるのですね(笑)これからもよろしくお願いします。

投稿: ハリー | 2008/01/14 00:00

1stのトップサイドの女性は菅沼ゆづきさんといいます。現在都響のコンサートミストレス(ないしトップサイド)で一昔前に日本音楽コンクールで優勝した名手です。たしか名古屋出身だったと思います。私は都響の会員ですので
彼女の姿は頻繁に目にしています。いつもは矢部達哉さんや山本友重さんの横で弾かれています。ヴィオラにはお二人いましたし今回は都響率が高かったですね。

投稿: 荒井正男 | 2008/01/16 20:18

荒井様

いつもおつとめご苦労様です。ありがとうございます。

彼女が菅沼ゆずきさんですか。めがねをかけていると写真とはずいぶん印象が違いますね。都響ということは、わが師の妹君でOLCメンバーでもある方とも同僚。のだめオケでも弾いているんでしょうか?

とにもかくにも注目ですね。

投稿: AH | 2008/01/17 00:13

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