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2007/10/13

毛替えと楽器の変化

今日は、古楽器系弦楽器奏者御用達(もちろん他のお客さんも多いですが)の楽器屋に行って弓の毛替えをしてきました。ちょっと毛を増やしてもらい、家に帰って弾いてみると反応が全然違う。パワーも増した。これならこの前の本番前にやってもらうんだった・・・。

明日は例の古参団体の練習。これで少しは音量的に遜色なくなるといいのですけど。ブランデンブルク協奏曲第3番とかは各パートにソロがあるので、音量ないとすぐにばれてしまいます。

それはさておき、その楽器屋さんからバロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンの違いの話を聞きましたが、どうも巷で言われているのとは少々違う事情で楽器が変わってきたのではないか、また、巷で本質的な違いといわれているようなことは、実はたいした違いではないのではないか。本体に関して言えば音質や音量のことより、むしろ弾きやすさ、例えばバッハのようのポリフォニックな曲や和音を弾くのに適したのと、ハイポジションで細かい音符を弾くのに適した駒の形の違い、あご当てを使うのと使わないで腕で支えるのとで違うネックの材質と重さ。といったことの違いによってパーツのところが変わってきているだけで、胴体は魂柱にしてもバスバーにしてもそんなに違いはないようです。魂柱にしてもバスバーにしても、バロック時代からいまと同じようなものがついている楽器もあったようですし、弦の張りが強くなって補強されたと簡単に言い切れるものでもなさそうです。

また、その方がおっしゃるには、ストラディヴァリもアマティも出来た時にはバロックヴァイオリン。モダンに改造したからといって楽器の本質が変わるわけではない。つまり、オリジナルのコンディションの時から持っている特質が改造された後も引き継がれている。バロックヴァイオリンは音が小さく弱々しくやわらかいみたいな先入観で語るのはよろしくないということのようです。ヴィヴァルディの協奏曲を響きが貧弱な楽器で弾いて魅力的なわけがない。だから当時でもやっぱりイタリアのヴァイオリンは輝かしい音がしていたはずだ。

バロックヴァイオリンを製作するに当たって、楽器の形態面や材質面での模倣も大事ですが、それよりはるかに大事なのは、楽器としての魅力のようです。演奏家が表現の手段として使う道具としての魅力です。音量であったり音質であったり表現力であったり。いかにバロックヴァイオリンの名器を見かけ上忠実にコピーし、バロック時代のコンディションにしたとしても、楽器が鳴らない、音質が悪いというのでは全く意味がありません。演奏家が必要としているのは、歴史的に正しい楽器ではなく、当時の一流の楽器が持つ魅力を持ち合わせた楽器ではないかと思います。

チェンバロ復興においては、当時の名器をコピーしつつ、作者が自らの楽器として魂を吹き込み、その作者ならではの魅力ある音色を作り出してきたように思えます。同じモデルのコピー(レプリカ)でも、作者のオリジナリティによって、性格がずいぶん違います。レオンハルトなどが愛用していたスコヴロネックとコープマンや鈴木雅明さんが愛用しているクロスベルヘンも全然違いますが、それぞれに魅力的です。バロックヴァイオリンにもそれはいえると思います。

「オリジナル」という言葉につられて、木が死んでしまっていて全然鳴らない楽器であっても、ついついほしくなってしまうのですが、忠実なコピーかとかオリジナルの楽器かどうかよりも、音楽的に魅力的か、それを基準にバロックヴァイオリンが選べるように気持ちを切り替えなければいけないのかなと、今日の楽器屋の話を聞いてそう思いました。

オリジナルコンディションのストラッドが聞いてみたい。

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