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2007/06/14

BCJ77回定期

昨日はBCJの第77回定期演奏会。ラッキーナンバーではありますが、曲目は地味なもの。とはいっても曲そのものが地味なのではなく、あくまでも有名曲がないという意味で・・・。

前回のヨハネは遅刻してしまいましたが、今回は余裕の会場入り。くつろぐマエストロ夫妻と会話したりしながら過ごしました。

さて、曲目は137,164,168,79番。

137番は華やかなトランペットとティンパニで幕を開けます。そしてのちにオルガンコラールにもなったVnオブリガート付のアリアなどがあります。これはなかなかの名曲です。でも最も印象深かったのは第4曲の通奏低音です。同じ音型がひたすら続くのですが、これはさすが。

164番はうって変わって地味な曲。個人的にはこういう曲のほうが好きです。トラヴェルソ2本の曲があるのですが、レオンハルト盤の録音された時代を反映したかなりくさい演奏に比べると割合とノーマルな演奏。歌詞と音楽の関係がちょっとわかりにくかった。

後半は個人的に一番注目していた168番から。歌詞の内容が職業柄とても気になるのですが、どうもよくわからない。不正な家令のたとえというのですが、何度読んでもほめてるのかけなしているのかわからない。とにかく、宗教曲というにはあまりにも現世的な歌詞。そして音楽も編成はシンプルながらとても激しい。アーノンクール盤で慣れていたせいもあるかもしれませんが、激しさを感じます。これをどう表現するのかが楽しみだったのです。結論から言えば激しかったですが、あくまで品のよさを保っていた演奏。アーノンクールが下品というわけではありませんが、少年ソロを使っていることもありもっと素朴でストレート。野々下さんとロビンの組み合わせはやはり極めて上品です。このデュエットの通奏低音のチェロも同じ音型の繰り返しですが、感動ものです。

さて最後の79番。これも個人的には好きな曲です。いわゆる小ミサ曲に編曲された一連のカンタータの一つ。ミサではホルンとティンパニがなくなった分軽やかになっていますが、ずいぶん印象が違うものだな。第5曲のデュエットもずいぶん違います。歌詞の違いが音楽の違いになるのかもしれませんが、どうしてこんなに違う歌詞に同じ音楽を変えて使おうと思ったのでしょうか?(根っこは同じなのかもしれませんが)

さて、今回気になった点が3点。

・島田さんが吹いていた「ホルン」。あれってどういう楽器?我々が普通見慣れた管をぐるぐる巻いただけのナチュラルホルンとは形もずいぶん違うし、吹く時にベルの中に手を突っ込んで音程を作るのではなく、穴を押さえているような感じ。プログラムには「Corno」としか書いていないのでなんともわからない。

・鈴木雅明さんの歌詞対訳がなくなってしまった。あれは正直残念。訳し方と音楽上の解釈が密接に結びついていただけに、毎回楽しみにしていたのですが。とはいえ、歌詞対訳を作って演奏ノートや巻頭言を書いて、もちろん演奏もしなければならないわけですから、無理もないか。

・今回、通奏低音鍵盤楽器にオルガンとチェンバロが使われていましたが、リアリゼーションでお互い遠慮して譲り合っているように感じた。全く別の複数の鍵盤楽器で演奏するというのはお互いとても気を使うようですが、聞いているほうからすればお互いやりたいことやってもやかましくない、不思議と違和感がないことも結構ある。きっと阿吽の呼吸で、お互いの邪魔をしないように自己主張できるのでしょうね。一方、あまりお互い遠慮しすぎると私などは却って違和感を感じてしまうのです。2人とも単独ではいつも存在感のあるリアリゼーションを聞かせてくれるだけに、ついついそれを期待してしまうのですが(ご本人は極めて地味な通奏低音だとおっしゃっていますが、周りからは「誰が?」という感じです)、そういう先入観がいけないのでしょうか?

さて、次は、9月。ソロカンタータシリーズ。再びキャロリンがやってきます。楽しみです。

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