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2007/01/08

ピリオド奏法について考える(1)

寝そびれてしまったので、普段疑問に思っていることを書いてみます。

昨年のMozart年あたりから「ピリオド奏法」という言葉が使われるようになってきました。NHKも芸術劇場の中で「ピリオド奏法」について取り上げていましたが、いまいちよくわからない説明でした。アナウンサーが「古楽器奏法」との関係を聞いたところ、その解説者はしどろもどろ。「ピリオド奏法の一部」みたいなこれまたよくわからないことをさらっと言って終わり。アナウンサーは何気なく質問したつもりが、実はかなり本質を突いたそう簡単には答えられない鋭い質問だったのでしょう。では、そのあと放映されたアーノンクール指揮ウィーンフィルは果たしてピリオド奏法といえるのか。聴いた限りでは、どうもノーリントンがN響でやったこととはかなり違うような気がする。

では、いったい「ピリオド奏法」とはどんなものなのか。私なりに考えてみたいと思います。なお、日本語で手に入るこの手のことに関係ありそうな本は一通り目を通しています。たとえば、L.MozartやC.Ph.E.Bach、クヴァンツ、ジェミニアーニ、テュルクなどの教本、アーノンクールの著書などなど。

「ピリオド奏法」とは文字通り解釈すれば、演奏しようとする曲が作曲された当時の奏法、ということになります。ところが、当時使われた楽器ではなく、現代オーケストラで普通に使われている楽器を使って演奏する場合に「ピリオド奏法」という言葉が使われているわけで、楽器が違えば奏法は厳密には同じとはいえません。楽器の構え方も力の入れ方も指使いも違います。つまり、その時点ですでに「当時の奏法」という定義は成り立たなくなっている。ところが、この奏法を単に楽器の奏法(またはピリオド楽器の奏法)ということではなく、もう少し広い意味で捉えようとすると、別の解釈も成り立ちます。しかし、奏法といえば普通は楽器の奏法をさすわけで、この広義の解釈というのは、単に楽器の音の出し方というところを超えた「音楽の演奏の仕方」ということでの「奏法」ではないかと想像できるわけです。

明日は、「音楽の演奏の仕方」という点から考えてみることにします。

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