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2007/01/27

ブリュッヘン、新日本フィル、ピリオド奏法

墨田トリフォニーホールでの、F.ブリュッヘン指揮新日本フィルのシューマン、ベートーヴェンプロを聞いてきました。

前回の来日時も聞いていますが、その頃と比べると格段にオケが進化しているのがわかりました。管楽器のアンサンブル、バランスもとってもよかったですし、ぎこちなさや戸惑いというものが少しも感じられませんでした。このアプローチを完全に自分たちのものにしたな、「奏法」ではなく「音楽」ができるようになっているな。本当にヴィブラートをまったく使わないのには驚きました。ソロの場面でもそうです。よほど自信があるのでしょう。それだけ、ボウイングや息を使った表現力が高まっているのだろうと思わせます。

ここまでくると、正直、そこにはもはや「モダン楽器によるピリオド奏法」などという説明はまったく不要。ただただブリュッヘンの音楽がいつもそこにあるようにある。という感じでした。「モダン楽器」であることすら忘れてしまいます。

では、そうなると古楽器オケである18世紀オケの存在意義と言うのは何なのか、ということも一方では出てきてしまうような気がします。

何が18世紀オケの魅力なのか。古楽器の響きはもちろん魅力的です。しかし、結局、単にブリュッヘンの音楽をするだけではなく、メンバー一人ひとりの強烈な個性、表現意欲、表現力を一人ひとりのメンバーが自主的に発揮して、指揮者にぶつけている、というところに尽きるのかな。特に管楽器にそれを感じます。古楽器でやっているなどというレベルは卒業して、単純に音楽性で勝負という感じです。指揮者を「フランス」と呼び、ギャラも指揮者とオケメンバー全員が出番の多い少ないにかかわらずまったく同じといわれていますが(今はわかりませんが)、そういう対等な関係ならでは、ということなのでしょうか。

確かに新日本フィルの管楽器はうまかった。ファゴットとかはとても魅力的な演奏を聞かせてくれました。でも、18世紀オケの管楽器はもっと強く訴えかけてくるものがあります。存在感があります。古楽器とかモダン楽器とかそういう道具の違いを超えたところでの魅力です。

それにしても、ブリュッヘンの足腰はますます弱っていて、ゆっくり歩くのが精一杯。いすに座っての指揮でした。あれが27年前に来日してリコーダーを吹いていた時と同じブリュッヘンなのか、と思うと年月を感じます。アーノンクールと同世代ですが、ずいぶん元気さが違うものだな、と改めてアーノンクールの超人ぶりに感心しました。

今度は7日のモーツァルトプロに行きます。

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コメント

初めまして!ブリュッヘンの公演には全て行きます。昨日のシューマンは素晴らしかったですね!まだまだ音楽は若々しくて。
ブリュッヘンは細長いルックスなので、膝に負担がかかるから座って指揮したのでは無いでしょうか?カーテンコールの時とか元気そうだなと思ったので…。もちろんノリントンやアーノンクールと比較しちゃいけないと思いますけれど(笑)

投稿: ハリー | 2007/01/27 08:01

ハリーさん はじめまして

2/3も行かれるのですね。うらやましいです。昨日聞いたらもう売り切れみたいで残念です。ベト1は1985年にブリュッヘンがはじめて指揮者として本格的にCDデビューした時に振った記念すべき曲ですが、こんなにいい曲だったのか、と思いました。世間の評価は低い曲ですが、ブリュッヘンの演奏で聞くと「何で?」と思います。楽しんできてください。

シューマンは本当に「青年」という感じでしたね。オケもとても新鮮な感じがしましたし。ベートーヴェンの終曲は、まさに「英雄」そのものなのですが、あの伝説的な逸話が残っている曲がパロディだった、しかも原曲はこんなに軽いノリの曲だったなんて。英雄への印象もずいぶん変わりました。

ブリュッヘンの外見と音楽の若々しさのギャップには驚きます。

投稿: AH | 2007/01/27 08:20

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