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2006/10/25

鈴木兄弟モダンでジュピター競演

鈴木雅明、秀美兄弟が、相次いで(いわゆる)モダン楽器のオケの指揮者としてMozartの「ジュピター」を振ります。秀美さんについてはオーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)で古典派を指揮していますし、いずれはあるだろうなと思っていましたが、雅明さんがというのは青天の霹靂という印象です。雅明さんのは「モーツァルトへの道」というタイトルで、テレマン、ハイドン、C.P.E..Bach、そしてジュピターを東京シティ・フィルを振るのですが、「バッハへの道」といってフローベルガーやシュッツやブクステフーデやバッハの祖先・一族のプログラムを取り上げるのはピンときても、「モーツァルトのへ道」は全く想像できません。しかもモダンオケですし。

同じチェンバロ、オルガン弾きであるレオンハルトはMozartのピアノソナタやヴァイオリンソナタをフォルテピアノで録音したことがないわけではないですが、基本的にはC.P.E.バッハどまり。一方、雅明さんの師匠でもあるコープマンはMozartの交響曲を録音するなど、Mozartにも積極的に進出。ホグウッドも同様。ブリュッヘンはリコーダー奏者を辞めて指揮者に専念した上で、シューマンあたりまで。とかつてバロック以前のスペシャリストだった人たちの多くは古典派からロマン派まで進出していき、バロックのレパートリーはバッハ、ヘンデルのような有名作曲家を除いては再び置き去りにされてしまった。雅明さんもカンタータシリーズを除いては同じ道を歩むのではないか、という不安に駈られます。雅明さんのことですから、なぜモーツァルトなのか、きっと深いお考え、長期的なビジョンがあってのことなのだとは思いますが。雅明さんには、Mozart編曲メサイアの経験を生かしていただき、Mozartの独特の管楽器書法に光を当てていただきたいです(原曲と編曲のオーケストレーションの比較をすると、Mozartの管楽器書法がかなり独自のものであるというのがわかります)。テレマンの魅力をオケメンバーや聴衆にわかってもらえるでしょうか?

秀美さんのトッパンホールのオケがどんなオケなのかはわかりません。その場で特別に編成されるのであれば、きっと、Mozartの演奏法を熟知していて、信頼できる仲間を必ず入れてくるはずなので、まだ安心できるのですが。ちなみにチラシには「初めてモダン楽器のオーケストラを振る!」と書いてありますが、「日本でははじめてプロのモダン楽器のオーケストラを振る」というのが正しい表現です。アマチュアモダンオケはすでに振っていますし、私も参加しています。その時のプログラムがほぼそのままOLCのデビューコンサートのプログラムになった、ということはジュピターもいずれOLCで、と期待しているのですが。古典派の指揮者としての経験もずいぶん積んできて、チェロでもベートーヴェン以降の曲を何枚もレコーディングして、古典派以降についても実力を買われての起用かと思いますので、少々寂しい面はありますが、期待しましょう。

二人ともモダンオケでジュピターをやることについては、古楽器弾きとしてはなんともいえない気持ちです。日本では、国産古楽器オケでジュピターが演奏されたことはまだ極めて少ないのではないかと思います。有田オケでずいぶん昔やったことがあったでしょうか?OLCのMozartシリーズでも、35番、36番はやりましたが、三大交響曲は取り上げられていません。編成的には35番ができればできるはずなのですが。。。古楽器オケでやるより先にモダンオケで取り上げた例は、アーノンクールです。コンツェントゥス・ムジクスがこの曲を取り上げたのは、まだ数年前のことですし、録音もありません。コンセルト・ヘボウやヨーロッパ室内管弦楽団(実はコンツェントゥス・ムジクスのメンバーが数人加わっている)ではすでに録音もあるのに。一方、ブリュッヘンはデビューシリーズから三大交響曲を取り上げている。ホグウッドはもっと早い。なぜ、OLCより先にモダンオケでジュピターを振るのか。まだその時期ではない、と満を持してを狙っているのか。我が国では「にわか古楽器奏者」を仕立て上げて「古楽器オケ」と称してやっていたり、逆に古楽器奏者にモダン楽器を持たせて一般奏者と一緒に古楽的奏法で演奏させたり、ということが行われていますが(特にベートーヴェン)、まだ、それが日本の現実、実力なのでしょうか(つまり層が薄い)。

それとも、モダンオケには金を出すが、古楽器オケには金を出さないし、商業的価値を認めないという音楽業界なり世間の現状があるのでしょうか?(価値があるから雅明さんや秀美さんを起用しているはずなのですが)

アーノンクールにとっても、ジュピターは「試金石」のようなもので、そうやすやすと取り上げられるような曲ではなかったのでしょう。古楽器でやるからには、古楽器でなければならない理由を演奏家も聴衆が納得できる状態になっていることが必要だったのでしょう。考え方は演奏家それぞれ違うと思いますが、音楽ファンの想像以上にジュピターという曲はそう簡単に取り上げてはいけない、やるからには真剣に取り組まなければならない大事な曲なのだということは確かのようです。

ともあれ、この二つのコンサートが、「バロックはもう終わり」「やはり古楽器オケよりモダンオケがいい」という流れに行かないことをひたすら祈りたいと思います。OLCがジュピターを取り上げられないようになったら私は絶望します。「是非古楽器オケで聞いてみたい」という声があがりますように!

といいながら、私自身がこの10月にモダン楽器(とは言っても極めて古典派向きの楽器ではありますが)でモダンオケでジュピターを弾いてしまったのですが、最初バロックヴァイオリンとバロックボウ・前期クラシックボウでちょっとさらってみましたが、やはり何か表現しきれないものがあるし、しっくりこないのです。この楽器ではダメなのではと思いました。いまの私ならクラシックに近いモダンヴァイオリンで弾いたほうがやりたいことができるのではという気にもなりました。もっとも、楽器はモダンでも、音楽の作り方、表現の仕方は19世紀終わりから20世紀半ばまでの「伝統的」スタイルでやろうとは全く思いませんでしたし、やれといわれたら耐えられないと思いましたが。

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