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2006/02/17

バッハの和声進行

今月に入って、公私共にめちゃくちゃ忙しく、また、精神的にもきつかったこともあり、更新をサボってしまいましたが、久々に書きます。

先日、あるところで食事をしていて、BGMにグノーの「アヴェ・マリア」が流れていました。しかし、そこには、あのバッハの平均律第1集第1番のプレリュードがついていませんでした。どうせ、AHの頭の中ではバッハの和声がちゃんと聞こえているので、そのこと自体に怒る気は全くないのですが、なぜ、あの分散和音をはずしてしまうのかな、という気はしました。それと同時に、あの曲の美しさはグノーが付加したメロディーではなく、バッハの和声進行に由来するものであり、メロディーラインも、バッハの書いた和声を本質的に変更するものでは全くない、ということに感動を覚えました。さらに和声のある声部を長い音符にして、そして装飾をつけるとあのメロディーになる、つまり、極めてバロック的な声楽曲の作り方をしているというように思えるのです。そんなことで、改めて、このプレリュードを聞いてみると、改めてその和声進行の見事さ、美しさに感動させられます。これこそ、カンタータや受難曲で駆使されているバッハの豊富な和声のバリエーションの一端。和声の色彩感だけで表情を作ってしまう。レチタティーヴォでもアリアでも。

バッハの鍵盤ソロ曲やオブリガートチェンバロとヴァイオリンやフルート、ガンバのためのソナタは、通奏低音の和音付けの手本とよく言われます。そのことを意識して弾いている人がどれだけいるかわかりませんが、私もそう思います。ソロの曲、対位法の曲ですら常に通奏低音といおうか和声が聞こえてきます。無駄な音、耳障りな音はなく、まさに「これしかない」またはすべてが欠かすことのできない「意味」、必然性を持っているのです。

そういう和声の変化を楽しみながらバッハの音楽を聞くと、新たな素晴らしさが発見できるのではないでしょうか。

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