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2004/12/11

波多野さんの気迫

昨日、ヘンデル・フェスティバル・ジャパンの「ソロ・カンタータと二重唱」というコンサートに行ってきました。大規模な宗教曲や水上の音楽など派手な曲がよく知られているヘンデルですが、カンタータと二重唱というのもヘンデリアンにとってはなくてはならない存在です。カンタータとは言っても、バッハのような教会カンタータではなく、恋の歌や小さな芝居のような曲、バッハにあてはめて強いて言えば「世俗カンタータ」といったところでしょうか。二重唱というのは知る人ぞ知る存在で、曲を聞くと「あれ?どこかで聞いたことあるような気が・・」という存在です。

AHにとってはうれしくてたまらないプログラムなのですが、中でも圧巻が波多野睦美さんの「ルクレツィア」。めちゃくちゃ広い声域、色々な表情、声色を駆使しての歌唱。今まで波多野さんの歌は何度となく聞いてきましたが、こんなに激しく、自らの可能性を極めるが如き演奏ははじめて。曲の性格もあるのでしょうけど、何せものすごい気迫。ヘンデルファンが多い演奏会ですので、曲が終わったことは知っているはずなのですが、聴衆が波多野さんの気迫に圧倒されてしまって、拍手を全く出来ない雰囲気。といおうか、すべての聴衆の手が金縛りにあってしまったような気さえしました。こんな経験は初めてです。

さて、そんなあとは、アンコールで再びデュエットが登場。「あれ、どこかで聞いたことがあるような気が・・・」。そう、この季節の風物詩、メサイアの「For unto us a Child is born」(ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた)の原曲となる曲です。デュエットの中には他にもメサイアに転用された曲がいくつかあります。しかし、「さすが、しゃれたことを」などと感心してはいけない。「信じたくない、お前たちなんて」とか「お前たち、へつらいの神々は!」(いずれも三澤寿喜訳)などという歌詞で、人を愛する苦悩を歌っている。私には、女性に何度も振られた男の嘆きにも聞こえます。しかし、バッハのパロディと違って、ヘンデルのパロディは内容的には節操がない。「神を信じる」という主題のメサイアの原曲が「信じたくない」だし。

まあ、そういうことはあまりうるさく言うのはやめておいて、ヘンデルの音楽を純粋に楽しもう。

さて、16日は、鈴木美登里さん、懸田奈緒子さん、穴澤ゆうこさんなど、過去から現在までBCJで活躍した歌手が勢ぞろいで、「復活」をやります。波多野さんの演奏も客の入りは非常に寂しかったのですが、是非、「復活」は多くの人に聞いてもらいたいものです。

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