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2011年2月

権兵衛、小金井公園うめまつりで再び「花より団子」

この季節は、やはり梅である。

風流を心から愛する拙者としては、小金井公園における梅祭りをはずすわけにはいかないのである。

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見よ!この拙者の武者震いを!

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見よ!この拙者のはやる姿を

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梅がきれいなのである。

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拙者のような浪人者にとっては、「古城」という響きは、悲しみを誘うのである。

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思わず見とれるのである。

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見事なり、白梅と紅梅。

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すると前方に

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またもや団子屋である。

供のものどもはさっそく・・・。

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しかし、拙者は風流を愛するもの。「花より団子」には絶対にならないのである。

こうされても

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決して団子を食べないのである。

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さて、少し鍛錬をしようと存ずる。解説は省略するので、拙者の勇姿をご覧ぜられよ。

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どうであろう。

蝋梅である。

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そして久々に亀と鴨に出会う。

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そろそろ疲れた。どこかに寄ろうか。

なかなか立派な屋敷じゃ。ここにするか。

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御免!拙者、武蔵の素浪人、吉祥寺権兵衛と申すもの。開門!

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しかし、返事はない。

あいかわらず黄色い物体は存在し続けるのである。これで帰りたいのである。

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長旅であったが、そろそろ疲れてきたのである。

さらばじゃ!

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権兵衛、井の頭公園を警備する

拙者、あるときは遊び人の「権の字」、またあるときは百姓「権助」、そしてあるときは庄屋の「権左衛門」。しかし、その正体は、素浪人、吉祥寺権兵衛である。

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その拙者のゆかりの地、吉祥寺を警備することといたした。

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やはり警備が必要なのである。いまどきこんな電話機を探すのは難しいのである。

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ここはどこであるか?

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やはり心躍るのである。

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さて、ここで供の者のみが、飯を喰らうらしい。

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あとは黙ってみているよりほかなし。

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うまそうである。

再び井の頭公園に戻るのである。

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吉祥寺なのに、お茶の水である。

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池である。

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見つめるのである。

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異常なしの素晴らしい警備であった。

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さらばじゃ。

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権兵衛、麻呂殿を見習い、寝る

拙者、麻呂殿を見習って寝ることにしたのである。が、・・・

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眠いのである。

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どうして拙者はこうなってしまうのであろうか・・・

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いよいよ沈没である。

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おやすみである。

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権兵衛、城ヶ島にて黒船警備

拙者、鮫退治のあとは、再び黒船警備に戻るのである。

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高台より見張るのである。

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坂を下り、再び砂浜へ

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海は広いのである。

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おくつろぎぃ~しているように見えるが、実は海を監視しているのである。

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すると・・・

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ついに沖に黒船が見えたのである!

すぐに他の藩士に伝えるのである。

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そして、黒船が去ると、安堵の表情を見せるのである。

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警備終了の証拠に、肉球印を押すのである。

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水仙である。

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違う種類であろうか。

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かくして、松平大和守どのから承りし拙者の黒船警備は終わるのである。

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さらばじゃ!

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権兵衛、城ヶ島で鮫退治し、ふかひれを喰わんとす

拙者、今日は、川越藩主松平大和守殿の命を受け(たつもり)、城ヶ島に黒船警備に向かったのである。

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歩くのである。

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霊峰富士が見えるのである。

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砂浜に下りるのである。

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これが砂浜である。

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すると、何と鮫と遭遇である!

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何と恐ろしや・・・。しかし、拙者は戦わねばならぬ。

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そして、ついに目的のふかひれに近づくのである。

この拙者の目を見よ!

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ここで、供の者の邪魔が入り、ついにふかひれを食べ損ねたのである。

仕方がない。腹は減ったが警備をするか・・・

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つづく

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権兵衛、早朝雪中警備出陣す

拙者、公約どおり、早朝雪中警備に出陣す。

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吹雪のあとは、一面の銀世界である。さすが田端村である。

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雪に生き埋めになっているものはおらぬか!

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さすがの拙者も、雪に埋もれてしまうのである。

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必死に走るのである。

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しかしなかなか前に進まないのである。

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また走るのである。

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やはりとけたところでないと・・・。

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少々滑りながら走る拙者である。

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権兵衛、田端村夜間雪中警備である

田端村は、現在大雪に見舞われておる。

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それでも拙者は警備に出るのである。

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雪になど負けないのである。

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すべて通常通りである。

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いつの間にか草履が脱げたのである。

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証拠の肉球印である。

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異常がないかを確認するのである。

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無事に警備を終えたのである。

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明日の早朝警備が楽しみである。

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権兵衛、「合同警備」について考える

拙者、さる文書にて「合同警備」なる言葉を発見す。

それ以来、「合同警備」が頭から離れず、夢の中にも出てくる始末である。

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「合同警備」、この独特の響き。何か特別なものを思い浮かばずにはおれないのである。

まず、「警備」でなければならない。「散歩」などという生易しいものではないことは、武士である拙者には身に染みてよくわかる。まさに命がけである。警備においては、常に道すがらその証拠を残さねばならない。方法は二通り。ここでは秘伝であるがゆえに述べるわけにはいかぬ。あと、道に落ちているものは、すべてその正体を明らかにすべく、検査しなければならない。怪しい武家姿の者に対しては、必ず声をかけなければならない。特に黒装束、黒頭巾は要注意である。大音響を立てて走る二輪物体には、勇気をもって襲いかからねばならぬ。

そして、「合同」である。志を同じくする武士が一堂に会し、そして一致団結して警備に当たるのである。まさに、特別な警備なのである。

「合同警備」は、同志として認められていなければ決して加わることのできぬ神聖なるものである。「合同警備」に参加できることは、我らが武士にとっては、大変名誉なことである。まして、拙者のような素浪人には、一生かかってもその機会は訪れないであろうと思われるほど、遠い世界のことである。

「合同警備」、せめて夢の中だけでも参加してみたいものである・・・。

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権兵衛、馬場奉行より拝領の寝床を用いる

拙者、日頃の市中警備の功績により、馬場奉行所より、最新型寝床を拝領したのである。

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拝領したのは秋であったが、それまでの寝床にたびたび「うれ○ょ○」をしてしまうので、洗濯が間に合わず、ついに登場することになったのである。

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こんな使い方もできるのである。

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真上から見るとこんな感じである。

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なかなか快適である。

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馬場奉行殿に感謝である。

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権兵衛、田端神社節分警備

本日は節分である。

田端村の氏神様、田端神社にとって、一年で最も気合を入れている行事が「節分」である。

年末から初詣そっちのけで節分の宣伝をしているのである。

しかるに、拙者は、その田端神社節分祭を警備することといたした。

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まもなくはじまろうというのに、この閑散ぶりである。

しかし徐々に人が集まってくる。やはりいつもとは様子が違うのである。

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やがて梅の木の下で、餅つきが始まるのである。腰が入っていてなかなかよろしいのである。

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やがて豆まきが始まるのである。

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拙者はひたすら豆を拾うのである。

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これがあの餅である。

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ついでに供のものは、恵方巻を食べたのである。

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さて、長屋に帰り、拙者も豆まきなるものを供のものに命じてやらせたのである。

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これが、田端神社の豆である。

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取り出すのである。

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拙者も食べてみたいのである。

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しかし腹を壊しそうなのでやめておく。

「鬼は外!福は内!」

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権兵衛、涙の帰還・・・

拙者、吉祥寺権兵衛である。

路銀も尽き果て、台場警備のお役目も忍藩主松平殿の勘気に触れ、あえなくお役御免と相成り申した。さすらいの旅も、もはやこれまで。腹を切るか、とも思ったが、供のものどもが待つ田端村に涙の帰還である。行方不明の間、供のもの及び関係者各位には、大変迷惑をかけたこと、この場を借りて詫びたく存ずる。

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なつかしい寝床に横たわるものの

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何となく落ち着かないのである。

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そこで、田端村を挨拶回りしたのである。

まずは、氏神様田端神社である。見よ!この神妙な拙者の顔を。

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しばらく見ぬうちに、梅もすっかり様変わり。

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どうだ!

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続いて善福寺川緑地に向かうのである。

鳥である。拙者を出迎えてくれたのであろうか。

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そして、久々に走るのである。

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思い切り走れて気が晴れるのである。

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次にかりん広場である。

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やはりここは楽しいのである!

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そして、最後に天神橋番屋に立ち寄ったのである。

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まもなく、この番屋ともお別れである。

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さすがに疲れが出てきたのであるが、ご機嫌である。

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田端村はよきところである。

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再び田端村警備の日々が始まるのである。

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